その日、会社から帰ってきたおねえちゃんは、
いつもと様子が違った。
こわばった顔でどこかを見ていたり、たまに薄く笑ったり。
「なにかあったの?」
訊ねると、
「ええっ?」
大きく目を開けてわたしを見て、
物憂げな瞳でちょっとほほえんだ。
「かなわないなあ。
……えとね、ちょっと……お付き合いすることに、なりました」
「えええっ? おねえちゃんが?」
いつもどこかずれてて、
周りがはらはらするようなおねえちゃんが?
「相手はどんな人?」
悪い人じゃないの? おねえちゃんぼけっとしてるから、
ただ遊ばれてるだけじゃないの?
「ん、と……ね」
目を細めて、やさしい表情。
「すごく、まじめな人。
やさしいし、わたしなんかにもいつも気を配ってくれるんだ」
「へえ〜」
そういう人って犯罪者の典型じゃない?
思ったけど黙っておく。
「でも、いいのかな」
不安そうにぽつりとつぶやいた。
「わたしにはもったいない人だと思う……」
まかせといて! わたしがおねえちゃんを守ってあげる!
でも、正義の味方というのは秘密活動をするもの。
おねえちゃんのお風呂の隙に
携帯から彼氏の番号を抜き出して、
勝手に電話で待ち合わせをした。
何日か後の夜、安い喫茶店で待つわたしの前に現れたのは、
どこにも華やかさのない、人の思う『普通』を形にしたような、
可もなく不可もないような感じの人だった。
「やあ、こんばんは」
「こ、こんばんは」
テーブルを挟んで向き合うわたしたち。
「なんでおねえちゃんなんですか?」
注文したコーヒーに喜々としてクリームと砂糖を注ぎ込む、
その人に訊ねた。
「あんな地味でいつもぼんやりしてるか、
うじうじしてるかの人ですよ?」
するとカップを口に運び、一口すすろうとして
思わず離したのち、目を細める。
「そこも、いいんだ。
いつもひとのことを考えてる、やさしい人だよ。
絶対他人の悪口は言わないし、他の人みたいに、
付き合ってる相手の悪いところを
冗談めかして笑いあうこともしない。
いつも困った顔してるけど……
ほんとに笑う顔は、すごく、きれいで。
できるならいつも笑って欲しいし、
そのときそばにいられたら、すごく幸せだと思う」
堂々と、でも軽く照れながら言ってみせる彼。
こんなに言われちゃうと、
なんだかわたしの方が恥ずかしくなってくる。
「でも、いいのかな」
手を添えたカップに視線を落としながら。
「あんな人……ぼくにはもったいない気がする」
わたしは自分のコーヒーまで甘々になった気がして、
おなかの底から深いため息をついた。