0410
2006-05-08
ニオイ
 会社の飲み会、大人数のはしっこで
ジュースを飲みながらこっそりお刺身をつまんでいたら、
後ろから肩をつかまれた。
「はい?」
 振り返るわたしの目の前、迫ってくる同じ部署の女性の顔。
「うわぁあ、なんですか、いきなり」
 お箸を落としながらも力の限り顔面に指をかけて押し返す。
 しばらくぎりぎりと押し合いをしていると、
ようやくあきらめたようにふらりと立ち上がって歩き出した。

「あ〜、もったいない」
 横から別の女の子。
「先輩にキスされると、好きな人とカップルになれるって
伝説なのに」
「ええ?」
 見ていると、ふらふら歩くその酔っ払いは
狙いを定めたように急降下して、女の子と唇を重ねた。
 意外と伝説がきいているのか、
それとも相手も酔っているのか、
嫌がっている様子はないみたいだった。

 ほっぺにキスする人、口にキスする人。
何人か眺めていてふとひらめいた。
「なあんだ、そういうことかぁ」
「えっ?」
「ただのキス魔に見えて意外と冷静だよ、あの酔っ払い」
 あの人とキスするからカップルになるんじゃない。
あの人がキスするのが、かわいい子だけなんだ。
 なんとなく同類のニオイがしたけど、
わたしは黙ってジュースを飲んだ。