友達のうちにいくと、知らない男の人がいた。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
軽い挨拶をして通り過ぎ、友達に訊く。
「だれ?」
「いとこの人。物理とか科学とかの人らしいよ」
「ふぅん……。わたしの敵かぁ」
と、
「どうして?」
後ろから思いもしない声。
振り返るとさっきの人がにこにこしてわたしを見ていた。
「科学なんて卑怯者の学問です。
人が言ったことの揚げ足をとるようなことだけして、
もしそれが自分たちの常識に合うようなことなら、
それはこういうわけでした、あたりまえでしたって、
ただ後付け理由で述べるだけじゃないですか」
「へえ、痛いこと言うね」
それでも小さく眉を寄せただけの笑顔。
「たとえば?」
「たとえば……」
わたしは考える。
「たとえば、色ですよ。
なんで金は金色に見えるんだろうと思うと、
光のせいだって言うんです。
そもそもすべてのものは光を反射することによって、
色として目に届くとかなんとか。
金が金色に見えるのはそういう分子の振動のせいだの
なんだの言いますけど、なんでその振動が
金色に見えなきゃいけないんですか?
別に金だって青く見えたりしたかもしれないじゃないですか。
なんでその色がその色なのか、説明しているように見えて、
科学なんて真実は何一つとして教えてくれません」
するとその人は、
「科学の分野にもよるけど……それはそれでいいんだよ」
楽しそうに笑って、
「科学は、たとえばプログラムを探す行程。
そこらへんにある見た目の世界から、
その裏で動いているプログラムを推測する旅なんだよ。
なぜ色はたくさんあるんだろう?
ある色は他の色とは違ってそれだけであるんだろうか?
緑は緑として不変なんだろうか?
そう考えたら、RGBというものに行き着いた。
ぼくは美術には詳しくないから知らないけど、
RGBさえ混ぜれば、ほとんどの色を作ることができる。
色はRGBという法則で表されていたんだ」
語るにつれて、その顔が知性の喜びに輝いていく。
「ぼくの知ってる話だと、たとえば重力加速度。
物が落ちる、落ちていくという姿の中には、
重力加速度という基本の法則が潜んでいた。
それは一つの終着点だった。もし現実シュミレータというものを
プログラミングするとしたら、落下の重力加速度は9.8m/sにする。
でも、そこは完全な終着点、究極因じゃないんだ。
その重力加速度は、それだけが単品の確固としたもので
存在するわけじゃない。
たとえばこの地球の質量、回転速度に
もとづいてのものかもしれないし、もしかすると、
太陽系の状態自体があってこそのものかもしれない。
その太陽系の動きさえ、それを規定する
根本のプログラムがあるのかもしれない。
一つの終わりが、その先へ進むための始発点になる。
ぼくたちは、そういうところにいるんだよ」
熱っぽく語る言葉の中に、この人の人生、
そしてこの人自体が見える気がした。
「世界がコンピュータの中、
プログラミングによって成立しているのだとしたら、
きっとぼくたちはそのプログラムを知りたいんだ。
この世界というものを形作る、もっとも美しく、
そして気高いプログラム。
ぼくなんか、まだその一端にしかいないけど……
それでも、知るほど、思う。これを設定したのは誰なのか、
このプログラムは誰が作ったんだろう?」
一息つくと、その人は目を細めて、いたずらな笑顔を見せた。
「もしかすると……相入れないものに見えて、
神様を一番感じているのは科学者なのかも知れないよ」