0432
2006-05-16
究極因のその向こう
 友達のうちにいくと、知らない男の人がいた。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
 軽い挨拶をして通り過ぎ、友達に訊く。
「だれ?」
「いとこの人。物理とか科学とかの人らしいよ」
「ふぅん……。わたしの敵かぁ」
 と、
「どうして?」
 後ろから思いもしない声。
 振り返るとさっきの人がにこにこしてわたしを見ていた。
「科学なんて卑怯者の学問です。
人が言ったことの揚げ足をとるようなことだけして、
もしそれが自分たちの常識に合うようなことなら、
それはこういうわけでした、あたりまえでしたって、
ただ後付け理由で述べるだけじゃないですか」
「へえ、痛いこと言うね」
 それでも小さく眉を寄せただけの笑顔。

「たとえば?」
「たとえば……」
 わたしは考える。
「たとえば、色ですよ。
なんで金は金色に見えるんだろうと思うと、
光のせいだって言うんです。
そもそもすべてのものは光を反射することによって、
色として目に届くとかなんとか。
金が金色に見えるのはそういう分子の振動のせいだの
なんだの言いますけど、なんでその振動が
金色に見えなきゃいけないんですか? 
別に金だって青く見えたりしたかもしれないじゃないですか。
なんでその色がその色なのか、説明しているように見えて、
科学なんて真実は何一つとして教えてくれません」

 するとその人は、
「科学の分野にもよるけど……それはそれでいいんだよ」
 楽しそうに笑って、
「科学は、たとえばプログラムを探す行程。
そこらへんにある見た目の世界から、
その裏で動いているプログラムを推測する旅なんだよ。
なぜ色はたくさんあるんだろう? 
ある色は他の色とは違ってそれだけであるんだろうか? 
緑は緑として不変なんだろうか? 
そう考えたら、RGBというものに行き着いた。
ぼくは美術には詳しくないから知らないけど、
RGBさえ混ぜれば、ほとんどの色を作ることができる。
色はRGBという法則で表されていたんだ」
 語るにつれて、その顔が知性の喜びに輝いていく。

「ぼくの知ってる話だと、たとえば重力加速度。
物が落ちる、落ちていくという姿の中には、
重力加速度という基本の法則が潜んでいた。
それは一つの終着点だった。もし現実シュミレータというものを
プログラミングするとしたら、落下の重力加速度は9.8m/sにする。
でも、そこは完全な終着点、究極因じゃないんだ。
その重力加速度は、それだけが単品の確固としたもので
存在するわけじゃない。
たとえばこの地球の質量、回転速度に
もとづいてのものかもしれないし、もしかすると、
太陽系の状態自体があってこそのものかもしれない。
その太陽系の動きさえ、それを規定する
根本のプログラムがあるのかもしれない。
一つの終わりが、その先へ進むための始発点になる。
ぼくたちは、そういうところにいるんだよ」

 熱っぽく語る言葉の中に、この人の人生、
そしてこの人自体が見える気がした。
「世界がコンピュータの中、
プログラミングによって成立しているのだとしたら、
きっとぼくたちはそのプログラムを知りたいんだ。
この世界というものを形作る、もっとも美しく、
そして気高いプログラム。
ぼくなんか、まだその一端にしかいないけど……
それでも、知るほど、思う。これを設定したのは誰なのか、
このプログラムは誰が作ったんだろう?」
 一息つくと、その人は目を細めて、いたずらな笑顔を見せた。
「もしかすると……相入れないものに見えて、
神様を一番感じているのは科学者なのかも知れないよ」