おれのために料理を作ってくれるという彼女の後ろ、
なにやら魔法のように食材が
いろいろ姿を変えていくのを観察する。
もちろん一番の対象は食べ物よりも彼女だ。
普段見ることのない彼女の姿がなんだかとても愛しい。
そんなおれに気づいたのか、
「ね、料理のさしすせそって知ってる?」
振り向くと照れたように笑って言った。
「ああ、もちろんだ」
あの光景は一度見たら忘れられるものではない。
見学に行った醤油工場、木の香りのする樽の前、
屈強な男たちが偉そうな男の前に整列して叫んでいたあの言葉。
『きさまら、料理の基本はなんだ!』
『醤油! 醤油! 醤油!』
つばを散らし、躍動する男の筋肉。
『ならば、料理のさしすせそはなんだ!』
「さいしこみしょうゆ、しろしょうゆ、すじょうゆ、
せうゆ、ソイソース、だろ」
自信に満ちた回答に、
「そんなにしょうゆばっかりじゃ、体に悪いよ……」
逆に驚いたのはおれのほうだ。
「なに? まえ一緒に工場に入ったとき、
筋肉男たちが叫んでたぞ」
すると、はっと気づいた顔をして。
「ごめん。おとうさん、ああいう冗談好きだから」