0613
2006-07-03
みかた
「そうそう、〜〜ってさぁ」
 社員食堂、後ろから聞こえた言葉に意識がひかれる。
今、おれの名前が出なかったか?
「なんでいつもあんなに偉そうなんだろうね」
「ああ、うん! 役職かっての」
 それから下卑た笑い。
 なんだか急激に食欲を失ったが、
なんとかむりやりつめこんで席を立った。

「なあ、ちょっと訊いていいかな」
 家に帰ってから彼女に電話。
すこし遅かったけれどどうしても訊きたかったし、
なにより声が聞きたかった。
「どうしたの? かけてくるなんてめずらしいね」
 聞く限りは明るい声。でも、本当は? 
その後ろでは何を思っているんだろう。
「……どうしたの?」
「ん……」
 あらたまって訊かれると言いにくい。が、何とか口を開いた。
「なんで、おれなんかと一緒にいてくれるんだ?」
「こら。わたしにはいつも、
『自分のことを「なんか」で言うな』って言うくせに」
 こどもをたしなめるような口ぶりで、いたずらっぽく笑う声。

 ふと間があき、
「なにか、あったの?」
「ん。今日食堂入ったら同じ部屋の女二人が話してるのが
聞こえて。おれがやけに偉そうだってだって言ってた」
「あははっ、なーに、それ?」
 笑った。なんの、含みもなく。ただ冗談を聞いたみたいに。
「なんで。そう、思わない?」
「思わないよ。だって、いつも優しいし」
 柔らかな言葉に、どん と胸を叩かれたような感覚。
「な、なんだよ、それ」
「あ、照れてる?」
 からかうような、でも嫌味ではない、胸をくすぐる響き。
「あはは、かわい〜!」
「なんだよ、やめろ〜。こっぱずかしい」
 ひとしきり笑ったあと、笑い疲れたように ふう、とため息。
「でも、ほんと。わたしはそんなこと思わないけどなあ。
……それはもう、人のみかたの差なのかもね」
 そして、芯のあるはっきりとした口調で。
「でも、他の人みんながあなたを悪く言おうと、
あなたがわたしを支えてくれるように、
わたしだけはいつだってあなたのみかただからね」
 胸の奥にこみ上げるものに、
喉がつまって何も言えなくなってしまった。