「へえ、いいね、その服」
私服の彼に言うと、
「そう?」
なんだかむっとした顔が返ってきた。最近はいつもそう。
声をかける前には普通だった気がする。
きっと怒らせているのはわたしの言葉。
「ねえ、どうすればいいと思う?」
帰って友達に電話。
答えなんて求めていなかった。
ただ、どうしようもないことに愚痴をこぼしたかったんだと思う。
でも、彼女は。
「彼って自分に厳しい人? それとも、
あんまり幸せを知らない人? 家族の話なんか全然しなかったり、
しても苦々しい口調だったり」
「それなら、家の話は全然きかないなあ」
「ふーむむ。じゃあ、いいなあって思ったら
そのまま言うんじゃなくて、打消しを使って言ってみてよ」
そこで次の機会、言われたように声をかけた。
「あれ? 時計買ったの? ……悪くないね」
そんな言いかたしたら気分を悪くするかと思ったけど。
「だろ? なんか気に入ったから買っちゃったよ」
にっこり笑って、いまどき逆に珍しい懐中時計の鎖を揺らした。
そこからいろいろ話が続き、途中に入った手軽なレストラン。
注文をしてからトイレに立って、さっそく友達に電話する。
「へえ、よかったじゃない」
明るい声。
「でも、なんで?」
わたしが訊くと、
「そういう人って、誉められたことがあまりないんだよ、きっと。
誉められるときは誉め殺しかばかにされるときだけ。
だから自分にも他のものにも、最上級の誉め言葉は『悪くない』」
「そうなの?」
すこし悲しくなっていると、
「さあ、知らない。たぶんね、たぶんだよ」
「彼もそんな人なの?」
「えっ? あはは。うちのは自分に厳しい人だね。
自分が納得してないのを他人に誉められても喜ばないだけ」
小さく笑って最後に一つ、おまけをくれた。
「おまたせ。ちょっと電話かかってきちゃって」
席に着くと、ちょうどお皿が運ばれてきて、二人で食べ始めた。
「ん」
小さな声をあげる彼。
「どうしたの?」
「これ、食べてみる?」
押されたお皿からすこしもらって口に入れると、
「ああ、うん!」
「悪くないだろ?」
訊く彼にさっきのおまけを思い出し、
「うん。おいしいね」
返事に軽く驚いた顔。……それから。
「ああ、そうだな」
目を細めて、小さく困り笑いした。