0782
2006-08-20
こころから
 おふとんの中のおじいさんは、とても穏やかなお顔だった。
 長い間入院していたために
周りの人との関係は薄くなっていたけれど、
かつてのおじいさんを知る人がたが集まっていた。
 見たこともない人たち。知らなかったおじいさんのことが
その口から語られる。
 生まれから苦労も多く、若いうちから家の手伝い。
兄弟や家計を助けながら生活し、勤めては人にだまされ
全てを失い、這い上がってはもらい火で家まで失い、
自分の家を建てれば騙し取られて、こどもを生めば逝去して。
 苦労の中で生まれ、しあわせをつかみかけると
まるで狙いすまされたように奪われていく人生だった。
 わたしの知るころのおじいさんは
ゆったりとすごしていたけれど、
その中でも心無い人とのいさかいに心を痛めていたと聞くと、
こころをすりつぶされるような思いがした。

 でも。
 おふとんの中のおじいさんは、とても穏やかなお顔で。
 もしかしたら、おじいさんの今生は苦難を乗り越えて
あきらめずに生きることを学ぶ人生だったのかもしれない。
 もしそうだとしても、おじいさんはそれを立派にやり遂げ、
ようやく安らかな眠りについたんだ。
 ――おつかれさま。
 仕事の終わりに軽々しく口にしてきたけれど、
わたしははじめて心の底からその言葉を思った。