環境に配慮した製品作りをめざしてずっと努力してきた夫。
その苦労が報われて議員先生がうちの工場に視察にやってきた。
でも、喜ぶかと思った夫はむくれ顔。
仕事を邪魔された上に怪我でもされては
たまらないと思っているのだろう。
「あー、えーと……」
ふと、夫が議員先生に呼びかけようと手を伸ばす。
けれど。続きがないままわたしに振り向いて、
「えーと、あれ、なんて名前だっけ?」
そういう失礼なことを普通の声で言わないでほしい。
「そんなのどうでもいいから『先生』って呼んでおけばいいよ」
声をひそめて答えると、
「やだよ」
間髪いれずに言った。
「どうして?」
訊ねるわたしに、
「あんなのを先生なんて呼べるか。
医者や議員や弁護士、作家がそもそもなんで先生なんだ?
師弟制度があるときにゃ、弟子にとっちゃ先生だったろう。
でも、おれにとっては先生でもなんでもないんだぞ」