……息子が、死んだ。避けられない事故だった。
手術室から出てきた先生に言われたとき、
倒れてしまいそうになったけど。
でも悲しみに暮れるのはあと。
息子が最後まで望んでいたことをかなえないと。
「先生! 息子は臓器提供を望んでいました。
どうか、息子の命でだれかを救ってやってください」
「それですが……」
先生は言った。
「彼の意思提示帳に不備があり、
提供する事ができないようなのです」
「そんな……! だってわたしも確認して、
しっかり書いたはずですよ」
「それがですね」
横から私服の太い中年女性が出てきて、
手にした何かをわたしに示す。
「ほら、ここ。臓器提供の意思があるか、のところ」
それは息子が持っていたもの。
この人は臓器提供の監視官かなにかだろうか。
「丸がついてますよね?」
わたしの言葉に、
「そう? だってこれ、数字の9みたいじゃない?
角もあって三角じゃないとも言い切れないし……」
「なに言ってるんですか!? 自分で自分の体を
提供することを決めて、そんなものを持ってる人間が、
どうしてそこに9だの三角だのを書くんですか!」
わたしは思わず叫ぶけれど。
「でもねえ、こういうのはちゃんと規則にのっとらないと」
その太った女性は嫌そうに言った。
……こんなのと話していても埒が明かない。
「先生! 先生だって、息子がずっと死んだら
自分の体を使って欲しいと言っていたのは知ってますよね?」
そこで先生に訊ねると、
「ええ、知ってます。彼がそれを誇りにしていたことも、
知っています」
「なら、どうして!」
「それが……。許可が下りないことには、
彼の臓器を使うことは許されないんですよ」
「なんで! あの子の意思よりも、こんなおばさんの
いかれた目で見る紙切れの記号の解釈が勝つって言うんですか!」
「奥さん」
その中年女性は言った。
「息子さんを亡くされて混乱しているのはわかります。
でももしもう一度言ったら、訴えますよ」
「訴えればいい!」
声の限りにわたしは がなる。
「でもそれより先に訴えるものがあるでしょう。
息子の意思を活かして! くだらない記号の見た目を
討論するのはやめて! とりあえず失敗して、次には
どうにかしようじゃ取り返しのつかない事があるでしょう!」
けれど、その声はどこにも届かず。
だれかに望まれ、だれかの役に立てた息子の体は、
いつしか痛んだ肉に成り果てた。