「ぜったいわかんない」
「いーや、わかるね!」
「わかんないー!」
「わかる!」
お互い噛み付くように彼女と叫びあっていた。
せっかく手に入ったいい豆でコーヒーをいれてやったってのに、
コーヒーなんてどれを飲んだって
どうせだれも味はわからないなんて言いやがったんだ。
「じゃ、わかんなかったらどうする?」
ふくれて言うあいつに、
「わかるね。命かけたっていい」
すると彼女の目にふとした色が浮かび、
「じゃあ、今度わたしがその豆やなんかでコーヒー入れるから、
その豆だけのコーヒーをあててみてよ」
「いいよ、やってみろよ」
そうして彼女と別れてから一週間。
やってきた彼女は台所で準備をすると、
コーヒーを入れたカップを四つ、おれの前に並べた。
「どれが正解かは言わなくていい。
その豆だけを使ったコーヒーだと思ったら、それを飲み干して」
「わかった」
どうせカップの底に『あたり』とか書いてあるんだろう。
その様子を目に浮かべながら、右端のカップを手に取った。
香りからして、あの豆とインスタントコーヒーの混ぜものだ。
高い豆をこんなくだらないいれかたするんだから、
ありがたみってものを知らないな、あいつは。
二つ目のカップ。あの豆と、同種の豆のミックスだろう。
口にするとはっきりわかる。
三つ目のカップ……
「ん」
なんだ? あの豆だけなのは間違いないが、
このさわやかな匂いは何だ? 味も最後に残る
残念なえぐみというか渋みというかがない。
「なんだ? これ、どうやっていれたんだ?」
同じ豆でもおれがいれたのより格段にうまい。
すると彼女は得意げに笑って、
「わたしの趣味がなんだか知らないの?」
「まあ、コーヒーじゃないことは確かだな」
と、ごまかしたものの、こいつの趣味? なんだっけな。
たしか熱帯魚用のサーモスタットを
一緒に見に行った気はするけど、魚には興味なかった気はする。
あとは通販で理科の実験道具みたいなのを買ったとか
にこにこ話していたような。
まあいい。三つ目のカップに間違いはないが、
最後のも試しておこう。
四つ目のカップは、似た香りと味の豆一本で入れたものだった。
さて、これではっきりわかった。正解は……
「これだ!」
半分ほど残ったコーヒーを一気にあおる。
深い味、それでいて力強い香りが鼻を通り、喉を降りていく。
思わずもう一杯と頼みたくなるようなうまさだった。
「どうだ? 正解だろ」
訊ねると、
「だからコーヒーなんて味はわかんないって言ったんだ」
あきれたような目で肩をすくめた。
「どういうことだ?」
「ヒント。チョコ、カレー、コーヒーの共通点」
チョコとカレーとコーヒー?
「カレーの隠し味か?」
「ぶぶー」
そんな話をする間に、だんだんだるくなってくる。
「別ヒント。じっくりゆっくりくたくた煮出す」
なんだ、スープかシチューか?
いや――!
「わかった? ちゃんと今回は無味無臭じゃなくて、
ちょっと酸味とえぐみがあるのにしたんだけど」
この息苦しさ、目の見にくさ、
気絶しそうな気分の悪さも……!
でも、何でだ? たかがコーヒーで、なんでここまで!
「じゃ、最後。……わからなかったら、どうするって?」