「ああ、くそ、ちくしょう……!」
絶え絶えの息の下、
はき捨てたぼくの言葉が消えていく。
埃くさい湿った空気。弾痕の残る室内。
「なんで……こんなことに、なっちゃったの?」
押しつけるように壁に寄りかかりながら、
彼女は両手を胸にあてて荒い呼吸でそう言った。
「ごめん……ごめん」
ひっひっと詰まる息の隙間からなんとか言葉を搾り出し、
「ぼくの、せいだ。……でも、聞いて。
あのまま、収容所に、行っても。
ぼくらは、会えずに……殺されてた」
彼女はううん、と首を振る。
「知ってる。そうじゃない。……戦争」
「ああ、くそ! 戦争、戦争か!
だれが 望んで 戦争なんてやってんだ」
ターン……!
外で乾いた火薬の音が鳴り響く。
「ちくしょう……。さっさと出ろだとさ。
見せしめにぼくらを殺す気だ」
がくがくと腕が震え出す。
「この家から出れば、きっとすぐに撃ち殺される。
同胞はそれを見てどう思う?
ばかな奴だと言うのか?
羊のように従順に、屠殺されようと列を作りながら」
「半年前は、こんなこと……
ぜんぜん思いもしなかったよね」
彼女のあきらめたような言葉。
ぼくは壊れたように震え出す自分の体を
抱きしめることしかできなかった。
半年前……。そうだ、ぼくらは輝いてた。
「……覚えてる? 卒業式のパーティー。
ぼくら結局踊れなかった」
「うん……。ずっと誘って欲しかったのに」
「でもぼくは誘えず。君もだれとも踊らず。
ずっと壁の花だった」
彼女はひきつる唇をゆがめて笑ったように見えた。
「…………!」
出て来い! 外でそんなことを叫ぶ声がする。
「ああ、くそ……!」
もう時間がない。体中が恐怖に震え出す。
舌をかみそうになりながらも、
ぼくは彼女に視線を移して言った。
「あれからもずっと後悔した。
こんなことになるなら、あのときに誘っておけばよかった」
「……今日の誘い方は強引だったね」
泣きそうなぎこちない笑いを浮かべる彼女。
「ぼくも驚いてる。でも、君を見たら……
体が勝手に動いてた」
熊のように荒い息をこぼしながら、
彼女の前に歩み出る。
「ずっと、言いたかった言葉。
いまさらやり直せるわけじゃないけど」
のどの震えを飲みこんで。
「……ぼくと踊ってくれませんか?」
止まらない手を差し出すと、
彼女は壊れそうな笑顔を作る。
「喜んで……」
泣きながら、ぼくの手にその手を重ねた。
ずっと夢見ていたもの。
あんなに練習して練習して、
でもできずに悔やみ続けたことがようやくかなったんだ。
ぼくらはお互いの手を固く握り合い、
二人で外に駆け出した。
日のあたる場所。まぶしくて……なにも見えない。
瞬間。
――銃声。
衝撃が体を突き抜け、ぼくは跳ねた。
血の花を散らして、彼女ははじけた。
次々と体を貫いていく弾の雨に、
ぼくたちは倒れる事もできずに体を揺らす。
まるで……こっけいなダンスのように。
それは、『ぼくたち』が
ただの肉の塊になるまで続いた。