「なぁ、赤ん坊ってどこから生まれるか知ってるか?」
……あれは、ぼくが十歳くらいの頃だったろうか。
休日に裏山で遊んでいたとき、悪ガキの一人が
いやににたにたと笑いながら話し掛けてきたのだった。
よくある質問。当時、ぼくはすでにその答えを知っていた。
「もちろん」
ぼくは答える。
「頭からだろ」
それを聞いた悪ガキはそばのやつらと顔を合わせ……
げらげらと笑い出した。
「ばっかじゃねえの?
赤ん坊が頭から生まれるわけないだろ?」
さすがにぼくはむっと来た。
「ほんとだよ。お母さんからそう聞いた」
その答えに、腹をよじるように笑うと、
「ばーか。おまえだまされてんだよ」
「うそだ!」
「ほかのだれかに聞いてみな。ぜったい違うこと言うぜ」
腹が立つやら悔しいやらで、ぼくは家へと駆け出していた。
あの母がぼくに嘘をついた? そんなことがあるはずない。
「おかあさん!」
家に駆け込み、母を呼ぶ。
「なあに?」
台所には、いつもとかわらぬ母の笑顔。
そばに行くと、ぼくの頭を優しくなでた。
「赤ちゃんってどこから生まれるの?」
待ちきれないように訊ねると、
母は一瞬きょとんとし……ぼくの目を見てほほえんだ。
「なあに、いきなり? ふつうは頭から生まれるよ」
温かな目。それは嘘をついてはいなかった。
……ほら見ろ。おかあさんは嘘なんかつかない。
ほっと息をついたとき、ふと気付いた。
そうだ、他の人にも訊かなくては。
そこで父の書斎へと向かい、
「おとうさん」
ドアを開けると、木製のイスに腰掛けた父の背中。
「どうした?」
笑みを浮かべてイスを引き、ぼくのほうへと体を向ける。
「赤ちゃんってどこから生まれるの?」
その時の、父の嬉しそうな笑顔は忘れない。
「そういうことに興味もつようになったのか」
顔をほころばせて、父はぼくの頭に手を置いた。
「民法だと体の全部が露出したところから。
刑法だと体の一部が出たところからだ」
……父は根っからの法学者だった。
ぼくは父の書斎を後にして、最期の頼みの祖父へと向かう。
「おじいちゃん!」
祖父は縁側で新聞を読んでいた。
ぼくはそのとなりに膝をつく。
「赤ちゃんってどこから生まれるの?」
「どこからって?」
新聞から目を上げ、ぼくを見る祖父。
「頭から生まれるってうそじゃないよね」
訊ねると、祖父はどこか遠い目でぼくを見て、
「ああ。……でも、おまえは足から生まれたな」
そう、言ったのだ。
目の前が真っ暗になった。
ぼくは……母の足から生まれた。
ふつうは頭から生まれるのに。
それまでの人生で、このときほど自分に
落胆したことはなかった。