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2006-01-18
努力の価値
「ねえ、お父さん、見ないの? 優勝決まったよ〜」
 歓声があがるテレビの前でお父さんに声をかける。

 返ってくるのはいつも同じ。
「ふん、なにが仏ボールだ。くだらない。
あんなのほくろがあるだけのやつらのお遊びじゃないか」
 すねたように言うのがちょっとかわいい。

「遊びじゃないよ。あんなになるのに
いっぱい努力してるんだよ」
「努力するのなんてあたりまえだ。
それよりも、結果が出せるなら努力なんてしなくたっていい。
最後の一線を分けるのは運だ、運。
運さえあれば、おれだって今
テレビに映ってたかもしれないんだぞ」
 うそぶくお父さん。

「はーいはい。そしたらわたしは有名人の娘。
お手伝いさんでも雇って、
晩ごはんの用意なんてしなくてよくなってたかもね」
 適当な食後の会話の向こう、
テレビの中では今日のMVPがインタビューを受けていた。
アップになる、眉間の大きなほくろ。

『いまのお気持ちは?』訊ねる人に、「うれしいです」。
『球団一の努力家と評判ですよね』。と言われると、
「努力なんてだれだってします。
それが結果になったのは、運がよかっただけです」
『またまた、謙虚ですね』
「……って、口癖のように言っていた
先輩の受け売りですけどね。
でも、自分は努力も才能もあの人には適いません。
朝から晩まで努力して実力もあった秀才肌。
ただ、事故でほくろをなくした――」

 ぶつん。

 真ん中に光の点を残してテレビが消える。
「えっ?」
 気づいて、見ると。
お父さんは背中を向けて、
新聞に目を落とすように座っていた。