0116
2006-02-07
尊厳死
 日差しの中で、庭の雪だるまが静かに解けていこうとしていた。
 ……せっかく生まれたんだ。
せめてもう少し永らえさせてやろう。
 そんなことを思っていると、
「おとうさん」
 下の方から声。
 視線を下にうつすと、いつの間にか
そばに来ていた娘がおれを見上げていた。

「どうした、娘よ」
「おとうさん、雪だるまにへんなことしないでよね」
 きびしさを含んだ声で言う。
「なんだ、へんなことなんてしないぞ」
「うそ! 絶対今なんか考えてた。
雪だるまは雪だるまでそのままがいいの。
それが尊厳死ってやつなのよ」
「へえ、難しい言葉を知ってるじゃないか」
 娘の小さな頭をぐしゃぐしゃとなでる。

「でもな、雪だるまだってせっかく生まれてきたんだ。
どんなことしたって少しでも長く生きたいと思ってるぞ」
「うそ。それで変なことしたら、
あたしが作った雪だるまじゃなくなっちゃうじゃない」
「そうか? 何度髪を切っても、
なにを食べても、お姫様はおとうさんたちのこどものままだろ? 
なにも変わらないよ」
「え〜」
 納得行かない顔でふくれると、庭の方からなにかの音。
「あ〜!!」
 娘の声にそちらを見ると、
妻が大きな槌で雪だるまをたたきつぶしていた。
「な、なにやってんですか、キミは」
 たずねると、
「安楽死!」
 にこにこっと笑って言った。
「雪だるま言ってたよ、
『痛いよ〜、苦しいよ〜、早く楽にしてよ〜』って。
だから雪だるまが雪だるまとしての尊厳があるうちに
生涯に幕をおろしてみました」
「う……」
 娘の頬を伝って、涙がぽろりとこぼれる。
「え? え? だって、尊厳死だよ」
 あわてる妻。
「おかあさんね、あの雪だるまが元気なうちに
安楽死嘆願書をもらってるんだよ。
二人のお医者さんの了承ももらってる」
「うえぇええ……」
 なきやまない娘。おれは妻に向かって言う。
「よし、キミを逮捕する。
自殺幇助か殺人か、それとも合法か。
あとは裁きを待つがいい」