南の暑い森の国に、若い王様がいました。
でも王様とは名ばかりで、幼いうちに
前の王様を亡くした後はなにかを決めるのは
すべて側近たちでした。
そこへあるとき、一人の象使いの女性が
象と一緒に訪ねてきました。
彼女はこどものころ王様ととても仲良しだったので、
普段は許されることのない王様に会うことを許されました。
久しぶりに会う友達に、象使いは心弾ませます。
それぞれ違う場所で生きる事になってから
いろんなことがあり、彼女はたくさんの話で
王様を楽しませたいと思ったのです。
でも、王様は昔と違って力なくいすに座ったまま、
にこりとも笑おうとしませんでした。
「どうしたのですか、王様」
彼女は呼びかけます。そのとたん、
「口を慎め、小娘! 陛下は貴様のような者とは
お話なされぬのだ」
横にいた側近が言いました。
象使いはひどく驚きましたが、
王様の家来から一本の綱を借りると、象の首に巻きました。
「ごらんください、王様」
象使いがその綱を引くと、象は彼女に引かれて歩き始めます。
「この大きく気高いいきものが、
なぜこんな綱に逆らわないのかわかりますか?」
彼女はみんなに向けて言うふりをしながら、
王様に呼びかけました。
「それは、あきらめです。
こんな綱さえ切る事のできないこどものうちに、
柱につなぎ、何べんも打ちすえ、
暴れても逃げられないことを教えながら
しかるべきときにたたきのめし、
綱をくくっては届かない場所に食べ物を置き、
いくら鼻を伸ばしても口にする事はできないことを教え、
さらに綱を巻き言う事をきかせながら引き回すのです」
「神聖な象になんということを!」
王様の側近は叫びましたが、女性は大きな声で続けました。
「こうして小さいうちにすべてをあきらめさせたなら、
たかがこの綱一本、苦労という苦労もせずに
切れるほど強くなっても、
もう自分では切ろうとはしません。
……いえ、できないのです」
その言葉を聞く王様の目は力強く開き、
いすからすっくと立ち上がると、
その場のすべての者に言いました。
「下がれ! みな、さがれ!」
「ですが、王様……」
「だまれ! わたしは誰だ。
わたしの言葉を聞かぬとは、お前は何者だ!」
もう、何を言う者もいませんでした。
広い庭には王様と、象使いと、一頭の象だけ。
「ありがとう」
優しい目をして王様は言います。
それを彼女はほほえんで受け止めました。
「さて」
象使いは言います。
「本当の王様にお会いした喜びに、
ひとつ芸でもお目にかけましょう」
王様は首を振り、
「すまないが。あわれな象など見たくない」
「ごぞんじありませんか、王様」
彼女が笑って象から綱をはずし、手をさしだすと。
象は前足をそっとあげます。
象使いはひらりと足に飛び乗り、象の頭に立ちました。
「このつななど飾りです。
恐れるものは象を縄と恐怖で締め付けて、
言う事を聞かせようとするでしょう。
でも、わたしたちをつなぐものは、きづなです。
象がいてわたしがいる。
象のおかげでわたしはあるのです。
たとえ主従の関係があろうとも、
ともに暮らし、ともに笑い、ともにすごした時間が
わたしたちを結んでいます。
ただ命令などしても、
心を動かすことなどできないのですよ」
その大きな体を起こし、
高々と前足をあげる象の上で逆立ちをしてみせる彼女。
王様は目の前が突然明るくなった気がし、
久しぶりに会った友達の芸に
心から手を叩き、喜びました。
それからというもの、王様は人々と交わり、
民とともに暮らし、良い王様として
永く語り継がれることになったのです。
そして、象使いの女性との友好は、
生涯変わる事がなかったと、語られています。