0175
2006-02-23
犯罪の構図
 残虐な殺人事件の犯人が、
心神耗弱による責任能力がないとみなされ、
なんら罰を受けることなく事件はとりあえずの幕を下ろした。
「え、じゃあ、なに? 
頭のおかしな人がいつ人を殺すかもわからないのに
街をうろついて、それでいつかまた人を殺しても、
頭がおかしいからっていうことでなにもされないの?」
 一緒に街頭テレビを見上げていた彼女が言った。

「まあ、そうだな。この国じゃ死人は物になるし、
犯罪者だけを保護するのが国の理想ですよ」
「なにそれ……。
それじゃ、殺された人も死んでも死にきれないよ」
 それはそうだ。

 だがおれは、その話をきいたときから
微妙に何かを思い出しかけていていらいらしていた。
 この胸のもやもやは、いったいなんだったか……。
 そのとき、獣の吠える声と、足の痛み。
見れば中くらいの犬がおれのふくらはぎに噛み付いていた。
「きゃあああ!」
 横で彼女の叫ぶ声。

「思い出した!」
 おれは頭の中の霞がはれたような気持ちで、
犬の頭を押さえながらしゃがみこむ。
「それが罪を犯しても、それ自体は何も罰せられないもの」
 頭をねじりながら腰を落とし、さらに首を引き上げる。
「どこかで見たと思ってたんだ」
 だらんとした体を引き上げ、地面に力いっぱい叩きつけた。
「犬畜生だ、犬畜生」
 やめて、やめてとそばで女の声が聞こえる気がしたが、
気にせず頭を蹴り続ける。
「おれは……危険防止の観点から、
いっそ処分してもいいと思うんだよ。
それか、飼い主に罰を与えるとかな」
 まだ生暖かい肉の塊。
首をつかんで飼い主らしい女につきつけた。
 女は元・犬を抱きしめ泣き崩れ、
彼女は白い手を赤く染めておれの足をさすりながら
ぼろぼろと涙をこぼしていた。