0232
2006-03-10
黒い悪魔
 男の密かな楽しみは、地下室に置いた
自分の背丈ほどもあるガラスケースのなかで、
ゴキブリを増やすことだった。
 はじめ何匹かだったものが、
えさを入れて大事に育てながら
あたらしく捕まえては入れていくうちに、
ケースの一面を覆うくらいみっしりと数を増やして行った。
 黒い水が半分以上は言ったようなそのケースは、
それらが動くはずみでがさがさと、
ほんとにそんな音を立てていた。

 しかし、男の楽しみはまだあった。
 一匹も逃さないように上にとりつけた弁から手を入れ、
一匹取り出しては生きたまま尻から包丁を入れ三つ切りにする。
それをミキサーの中に入れてはまた一匹を取り出す。
そして半分ほどたまったところで、
生きたゴキブリを中に入れて一週間ほど放置する。

 食べ残ったもの、死んで行くもの、出した糞。
それらいっしょくたにミキサーにかける。
生きたものは生きたまま体を砕かれ、汁を出し、
すべてが混じってどろどろになる。
 男はそこに生クリームをまぜ、のばし、
茶ばんだその液体にバターを溶かし具を入れ、味を調えて、
もっともゴキブリが嫌いな妻に、夕食として出すのだ。

 変な味がするものの、夫が作ったもの。
妻はいやいや口にする。
 夫はそれがわかり、少しずつミキサーにかける時間を
短くしていく。
 なにか変なものが入っている妻はいつか気づくはず。
 そのとき夫は手足をしばり、
あの地下の水槽に妻を投げ入れようと、心待ちにしている……。

「というホラー映画の案を考えたんだけど」
 わたしが売れない映画監督の友達に言うと、ぱっと輝く顔。
「いいな、それ! 多少手を入れたら使えそうだ」
 わたしは正面から思いっきりこぶしを打ち込む。
 地面に寝そべる友達に、
「このばか! 恐怖と嫌悪の違いもわかんないの!」