0233
2006-03-10
フリーライダー
「今からこの石を、巻いた綱一本で
全員いっぺんに引いてもらいます」
 巨大な石の前に集めた十人の男女に、心理学者は言った。
「実はこの石、皆さんが前回の実験で出した力を
すべて合わせればちょうど動く重さです。
では、はじめてください」
 合図に従い、全員が綱を引き始める。

『おい、もし石が動いたら、目の前にいるおれは
つぶされるんじゃないか?』
 一人目は思った。
『なんだこの綱。前より太くなってるじゃないか。
持ちにくいなあ』
 二人目は思った。
『なんで綱がこんなところにあるんだよ。
もっと下じゃないと引きづらい』
 三人目は思った。
『位置が悪いな……。綱がもっと上にあればなあ』
 四人目は思った。
『前の人、臭いなあ。もっと離れてくれないかな』
 五人目は思った。
『まずいな、あんまり近づくと、
痴漢呼ばわりされるかもしれない』
 六人目は思った。
『こんな綱じゃなくて、取っ手のついた何かはないのかなあ』
 七人目は思った。
『前の子、すごくいい匂いがするなあ』
 八人目は思った。
『動いたらボーナスでもくれればいいのになあ』
 九人目は思った。
『そう言えば、綱引きで綱が切れて、
吹き飛んで死んだ事件があったような』
 十人目は思った。

 石は、ぴくりとも動かなかった。

「ほら、どうですか?」
 心理学者は言った。
「個人個人の力を集めれば動くものが、
集団になると力を抜くものが出るのです。
これをフリーライダー、ただ乗りと言います」
「それ、ちょっと違うと思いますけど」
 中の一人が言うと、
「何もわかってないのが何を偉そうに」
 心理学者は切り捨てた。