それは、はるか昔のおはなし。
「ねえ、おかあさん」
「なあに、ぼうや」
「なんで違う言葉を喋る人がいるの?」
「う。そ、それはね。……う……、そ、そう!
昔はみんなおんなじことばを喋ってたんだけどね、
みんなわかりあうと、とんでもないことをしようとしたの。
それで怒った神様が人をたくさんの地に散らして、
言葉もばらばらにしたんだよ」
「とんでもないことってなに?」
「ぐっ……。ぼうや、無駄に考える力を身につけたのね、
コンチクショ。そう……地に生きる人間が、
本分を忘れて空に昇ろうとしたのよ」
「なんで昇ろうとしたの?」
「くぅ、まだ訊くの、このこわっぱ。
それはね、昔の人は神様と一緒に暮らしてたんだけど、
いけないことをして追い出されたの」
「いけないことってなーに?」
「ぬっ。それは……」
母親がしどろもどろで説明しているのを、
壁の裏に隠れた父親が聞いていた。
母親の言葉を壁に走り書きしながら考えをめぐらせる。
……この話を時系列に直して、
神という存在を主題にすえたら一本の壮大な話が作れそうだ。
「いける!」
彼はぐっとこぶしを握った。