朝。学校へ行こうと玄関を出ると、
お向かいで男の子が門柱によりかかっていた。
「おはよ」
声をかけると、
「おはよう」
眉を寄せたまま笑う。
「今日だね、引越し」
「うん……」
うつむいて、すこし。
「おれ、引越しなんてしたくないよ。
でも、父さんたち喜んでるしさ」
それきり黙って、ふう、と大きくため息をついた。
「なあに、女の子?」
訊ねると、驚いたように顔をあげる。
「ふふふ、おねえさんにはお見通し」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でると、
すこしむくれたように顔を背けた。
「好きなの? その子のこと」
「……うん」
しばらくして、こくん、と頭が動いた。
「その子はそのこと、知ってそう?」
小さく横に、頭を振る。
「そっか、中学生もたいへんだ」
小さい頃から知ってるこの子も、
もういろいろなこと考えるようになったと思うと、
なんとなく嬉しいような、すこし寂しいような変な感じがする。
「どうするの? ちゃんと、言うんでしょ?」
訊くと、怖いものでも見るような目がわたしに。
「そんなこと言ったら、
もう今までみたいに話してくれなくなるかもしれない」
「なあんだ、見損なっちゃうな」
「え?」
「好きになった子って、そんななの?
告白するのが大変だって誰でも知ってる。
想い続けるのだってすごく苦しい。
それでも伝えたかったその気持ちを、
受け止められないような子?」
複雑な顔でそらす目。
「ね」
なるべく穏やかに、横顔に向けて声をかける。
「わたしのそばにも同じ人を好きになって、
お互い抜け駆けしないって言いあって
告白しない子たちがいた。
自信がないからそれを言い分けにして、
足止めをしあいたかったんだと思う。
でも、好きで大事なのは、相手の気持ちだけだと思うんだ」
わたしだってこんな風に
偉そうに言えるような人間じゃないけど。
「いつ、誰が好きって言うかなんて関係ない。
相手はそんなの関係なしに、
好きか嫌いか決まってるんだから。
こっちがそれに対してできることなんて何にもない。
自分が好きで、相手も好きだったら、いいよね。
そうでなかったら、残念。
だから、自分はただ言うだけ。
自分勝手な理由なら、自分が後悔しないために。
もう、引っ越しちゃうんでしょ?
このまま何も言わなかったら、きっと一生後悔するよ」
ようやく頭をあげたその子の瞳。
迷いも不安もあるけれど、どこか強い決意に光っていた。
「うん、いい顔」
くすぐったそうに眉を寄せる男の子。
「がんばれ」
言うと、はにかむように笑顔を見せた。
――夕方。学校からの帰り道。
たぶんもう引越しの終わった家は、
今までの姿が嘘のようにどこか違う姿になっているはず。
今まであたりまえに見えていたものが
変わってしまう寂しさを予感しながら足をすすめると、
「あれ?」
その家の前に立つ姿。
「もう、行っちゃったんじゃなかったの?」
訊ねるわたしに笑いともとれないぎこちない表情をして、
「後で、自分で行くからって残ったんだ」
男の子はそれきりなにか思いつめた顔で地面をにらんでしまう。
「どうだったの?」
すこし顔色を見ながらたずねても、
聞こえているのかいないのか、
じっと足元をにらみつけていた。
「……これ」
ようやく出た言葉と、差し出される長細い包み。
すっきりとした包装のそれは、
万年筆か何かが入っていそうな大きさだった。
「渡せなかったの?」
どんな気持ちでこれを選んで、
それを持ち帰ってきたんだろう。
この子の必死な思い、せめて、ちゃんと受け取って欲しかった。
でも、
「ん」
どこか乱暴に、わたしに手を突き出してくる。
「だめだよ、その子のために選んだものでしょ?」
他の人に選んだもの、わたしにだって
中身のものにだって気の毒。
「ん」
けれど押し付けるように突きつける手はとまらず、
わたしは両手で受け取った。
「ね、こういうの……」
かがむわたしに、勢いよく上がる頭。
怒ったような、泣きそうな。
すがるような必死な顔がわたしをにらみ、震える唇がこぼす音。
「――好きです」