0263
2006-03-23
価値あるもの
 一般の人はお休みなその日。
ふと気になって流しでおなべをこすっていると、
夫が横からのぞきこんだ。
「なにやってるの?」
「ん? 焦げおとし」
「手伝うよ」
 二人で何をやっているのかと思うけれど、
並んでがしがしじゃきじゃき音を立てていると、
娘が足元にやってきた。

「ね〜、動物園つれてって〜」
「ええ? また? おとうさんに訊いてみて」
 すると夫の足元に行き、
「ね〜、動物園つれてって〜」
「いやだ」
「え〜」
 がっかりとしながらむくれる顔。
「でも、来週で水族館なら行こうか?」
「うん、行く!」
 嬉しそうにぱたぱたと駆けていくのを見て、
「ねえ」
 わたしは声をかける。

「うん?」
「いつも優しいのに、たまになんだか容赦ないよね。
ずっと思ってたんだけど、それってなんかのかけひきなの?」
「え? なにが?」
「今週はだめで来週とか。動物園じゃなくて水族館とか」
「ああ」
 くすっと笑うと、
「ちがうよ。『連れてって』言われて、
『連れてってあげる』なんて言ったら、
言われたから行くだけだし、
なんだか違そうで、違うと思うんだ。
でも、来週なら行く心づもりもできるし、
このまえ行った動物園じゃなくて、
水族館なら自分でもちょっと行ってみたい。
どうせするなら、やらされるより自分でやるほうが
嘘がなくてぼくは好きだな」
 なんだかほっとためいきがもれた。

「そんなあなたがわたしは好きだな」
 頭を夫の肩に乗せると、
「あたしも好き〜」
 いつからいたのか、足元から娘の声がした。
「わぁ、いたの?」
 急にはずかしくなるわたしに、にっこり。
「そんなふたりがぼくも好き。奥様、お姫さま」
 あの人がわたしと娘の頭をなでる。
 それはとても幸せで。
こんな日が続いて欲しいとわたしは願った。