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2006-03-29
夢の奴隷
 街を歩いていたら、昔の同級生とばったり。
 思わず声をかけると、スーツを着て
むずかしそうな顔をしていた彼は、
どこか昔の面影を見せて笑った。
「ひさしぶり。今なにやってるの?」
「何って……まあ、会社の使い捨てられ担当だよ」
 スーツを見せるように軽く襟を開いた。
「どこも同じようなもんかぁ」
 わたしは苦笑い。
 そばのちょっと広いところに出て、二人で壁によりかかる。

 わたしの胸には、訊いてみたいことがうずうず。
「ね、まだ、書いてるの?」
 すると彼はわたしに振り向き、
すこしどこかに視線をそらして、
「うん、まあ」
 なんだか嬉しいような、胸が苦しいようなふしぎな気持ち。
「へえ〜、いいなあ、ずっと夢があって」
 わたしが言うと、彼は。
「いいことなんて何もないけど」
 重い声で言った。
「ええ? どうして?」

 思わずきき返すわたしに、
「じゃあ訊くけど、中学校の頃、放課後ってなにしてた?」
「うーん? 部活、かなあ」
「おれは書いてた」
 そして、
「じゃあ、高校の頃、放課後ってなにしてた?」
「ううん、部活と買い食い……かなぁ」
「おれは書いてた」
 それからさらに、
「じゃあ、大学の時は?」
「バイトと……なんだろ」
「おれは書いてた」
 それからため息をひとつついて、
「今、金稼いで、なんに使ってる?」
「うん? 服とか、他のとか、いろいろ」
「おれは使い道なんてない」
 そう言って振り向くと、あきらめたように笑った。

「正直、なにに囚われることもなく
生きてる人間のほうがうらやましい。
もっと人生楽しんでみたいし、
何も考えずに寝て起きて仕事する生活がしてみたいよ」
「わたしは、自分になにもなくてがっかりしちゃうけど」
「おれは……自分の中に何かあるのがわかる。
でも、なんていうか、自分の気持ちじゃないんだよ。
仕事してる暇があったら書きたい。
残業に休日出勤、金なんかいらないから時間が欲しい。
仕事してる暇があったら書きたい。
けど、あせっていらだって、何をしなくてもいいから
とにかく書け、そうせかされてる気がする。
おれの人生なんて、そうやってただ焚きつけられてきただけ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
 二人ならんでため息をつくと、彼は空を見上げてつぶやいた。
「おれはばかな夢に囚われた、ただの奴隷なんだろな」