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2006-03-30
無知の幸せ
 夫の。弟さんのお嫁さんの、父親が誕生日を迎えた。
 せっかくなので孫と一緒にすごしたいと
わたしたち家族三人も呼ばれたものの、
当日になって夫が会社に呼び出されて
わたしとこどもだけで行くことになってしまった。

 その日の夜。
 家に帰ってこどもも寝て。
しばらく待ち続けているとようやく夫が帰ってきた。
 疲れた顔で私服に着替えて、
用意していた安いパックのおすしを食べる夫。
向かいで眺めていたら、
「どうだった、今日は」
 夫がたずねた。
「んとね、おすし屋さんに行った」
「へえ、それで、これ? 気にしなくてよかったのに」
「……板前さんが、手で握ってた」
「へええ、そりゃ豪勢だ」
 にこにこと言う夫に、なんだか切なくなる。

「向こうのこどもね、もうそういうのじゃないと
だめなんだって。しかも食後は一杯で
お札一枚もかかるようなコーヒー屋さんに行くんだよ」
「へえ〜、そりゃうまかっただろ」
 わたしは悲しくなりながら首を振った。
「なんか緊張しちゃってぜんぜん味なんてわかんないよ。
値段も書いてないお寿司なんて
胸一杯でちっとも食べられなかったし」
 大きく口を開けて笑う夫。
「なんだ、貧乏性だなあ。
どうせ嫁さんの親のおごりなんだし、
気にせずに食べちゃえばよかったのに」
「そんなこと言ってもさあ……」
 見る前で着々と減っていく、おすし。
「ねえ、おいしい?」
 訊ねると、
「うん? ふつうにうまいよ」
 嘘偽りのない顔で答えた。
 わたしはなんだかほっとして、
後ろから背中を抱きしめてひとこと。
「大好き」