0364
2006-04-19
証明
 朝、目が覚めると。目の前に、
なんだかよく見知った顔があった。
 手をのばすと、ぺたり。肌と肌が触れ合う感触。
「鏡じゃ……ない?」
 ベッドから飛びのいて息を吸い、
「きゃあああああ!」
 力いっぱい叫んだ。
「ん、なーに?」
 眠そうに、もぞっと動いたわたしの姿が目を開ける。
 その目がわたしを捉えると、ぎょっと見開いた。
 すううううと息を吸い……
「きゃあああああ!」
 わたしよりすこし低い声で叫んだ。
 そこへおかあさんが入ってくる。
「え? なにやってるの? ふたり?」
 きょとんとした顔。
「「おかーさん! なにこれ、だれ?」」
 二人で一緒に訊ねた。
 ――かちん。
「「ちょっと、まねしないでよ」」
 むか。
 相手を指差して、
「「勝手に人の服」」
「「ベッドに」」
 ……何を言っても同じ事を言われそうな気がした。
 何故かパジャマじゃなくて普段着を着てたわたしと同じ服。
なんで同じ服を着てるかわからないけど。
 その瞬間、ぱっとひらめいた。
「「おさいふ!」」
 どんなにかっこはまねできても、
さすがに物まではまねできないはず。
 そこで取り出したおさいふ。
なぜか向こうも出していて、わたしは意地で違いを探した。
 ……なのに。
 入っているものからお札のナンバーまで、
なにからなにまでまったく同じに見えた。
 ざあっと頭から血が引いていくのがわかる。
 この子、わたしに似た人じゃない。
なんでかわからないけど、わたしと同じものだ。
「なに? なんで、どうしたの?」
 あわあわと悲しくうろたえるおかあさん。
「待って、わたしも落ち着きたい」
「とりあえず二人にして」
 ぱたんと扉が閉まると、わたしは口にした。

「なんだ、別に違うこと喋れるんじゃない」
「まねしてたわけじゃなかったんだ」
 そしてそれぞれベッドの端に座った。
考えるのは何より自分のこと。
 わたしは、おかあさんのこどもだし、本物のわたしだと思う。
 でも、それをどうやって証明すればいいんだろう。
「犬歯」
 相手がつぶやく。
「クルミ」
 わたしは答えた。
「小指の傷は?」
 訊ねると、
「ねんど」
 向こうが言った。
 ……だめだ。なぜかわたしの知ってることを向こうも知ってる。
 わたししか知らないことを言いあっても、
わたしが二度と立ち直れない秘密まで口にされる気がする。
 わたしでさえこうなんだから、おかあさんだって友達だって、
どっちがほんとのわたしかはわからないはず。
「でも……」
 向こうがつぶやいた。

 そう。でも。
 でも、考えてみれば、それはだれだってそうじゃないの?
 わたしはだれかをだれかと思う。でも、それは本当?
 もしかしたらわたしみたいにニセモノがいて、
ふと入れ替わってるのかもしれない。
そしたらそれはわたしの思うその人じゃないのに、
わたしはその人だと思ってる。
 じゃあ、誰かを誰かだと証明するにはどうしたらいいんだろう。
姿、形、声、記憶? 双子だったら遺伝子だって同じもの。
でも、別人なのはだれにだってわかる。
 その人が真にその人だと言えるのは、
その人自身、その意識がある人だけなんじゃ?
 わたしは自分をわたしだと思う。
それがわかるのはわたしだけ。ただ、それだけなんだ。
 わたし以外、だれもわたしのことをわからない。
ほんとのわたしを見ている人なんて、だれも――
「あれ、待って」
 キィン、光のような、なにか鋭い音を立てて、
わたしのどこかが目覚めようとしていた。
 思えば思うだけ、わたしに光が近づいてくる。
「そうだ……」

 そう、そうだ!
 わたしはここにいる。わたしが思うからわたしはあり、
わたしがあるからこの世界があるんだ!
 涙が出そうな感動だった。
雷に打たれたような、見えないものが
見えるようになったような、そんな驚き。
 ……って、宗教体験をしてる場合じゃないんだった。
「ねえ」
 わたしはむこうに座るあの子に声をかける。
「ここに同じに見える二枚のお札があるよね?」
 さっき出したままのお金。
「どっちかが本物で、どっちかがニセモノ」
「うん」
「でも、わたしには見分けがつかないし、
たぶんだれだってそうだと思う」
「まあ、そだね」
「じゃあ……」
「本物じゃないものが本物と見分けがつかないとしたら、
それをニセモノとすることに何の意味があるんだろ?」
「……うん。まあ、そういうこと」
 なぜこんなことになったのかもわからないけど。
 とりあえず。
 わたしは向こうのわたしと握手した。