朝、目が覚めると。目の前に、
なんだかよく見知った顔があった。
手をのばすと、ぺたり。肌と肌が触れ合う感触。
「鏡じゃ……ない?」
ベッドから飛びのいて息を吸い、
「きゃあああああ!」
力いっぱい叫んだ。
「ん、なーに?」
眠そうに、もぞっと動いたわたしの姿が目を開ける。
その目がわたしを捉えると、ぎょっと見開いた。
すううううと息を吸い……
「きゃあああああ!」
わたしよりすこし低い声で叫んだ。
そこへおかあさんが入ってくる。
「え? なにやってるの? ふたり?」
きょとんとした顔。
「「おかーさん! なにこれ、だれ?」」
二人で一緒に訊ねた。
――かちん。
「「ちょっと、まねしないでよ」」
むか。
相手を指差して、
「「勝手に人の服」」
「「ベッドに」」
……何を言っても同じ事を言われそうな気がした。
何故かパジャマじゃなくて普段着を着てたわたしと同じ服。
なんで同じ服を着てるかわからないけど。
その瞬間、ぱっとひらめいた。
「「おさいふ!」」
どんなにかっこはまねできても、
さすがに物まではまねできないはず。
そこで取り出したおさいふ。
なぜか向こうも出していて、わたしは意地で違いを探した。
……なのに。
入っているものからお札のナンバーまで、
なにからなにまでまったく同じに見えた。
ざあっと頭から血が引いていくのがわかる。
この子、わたしに似た人じゃない。
なんでかわからないけど、わたしと同じものだ。
「なに? なんで、どうしたの?」
あわあわと悲しくうろたえるおかあさん。
「待って、わたしも落ち着きたい」
「とりあえず二人にして」
ぱたんと扉が閉まると、わたしは口にした。
「なんだ、別に違うこと喋れるんじゃない」
「まねしてたわけじゃなかったんだ」
そしてそれぞれベッドの端に座った。
考えるのは何より自分のこと。
わたしは、おかあさんのこどもだし、本物のわたしだと思う。
でも、それをどうやって証明すればいいんだろう。
「犬歯」
相手がつぶやく。
「クルミ」
わたしは答えた。
「小指の傷は?」
訊ねると、
「ねんど」
向こうが言った。
……だめだ。なぜかわたしの知ってることを向こうも知ってる。
わたししか知らないことを言いあっても、
わたしが二度と立ち直れない秘密まで口にされる気がする。
わたしでさえこうなんだから、おかあさんだって友達だって、
どっちがほんとのわたしかはわからないはず。
「でも……」
向こうがつぶやいた。
そう。でも。
でも、考えてみれば、それはだれだってそうじゃないの?
わたしはだれかをだれかと思う。でも、それは本当?
もしかしたらわたしみたいにニセモノがいて、
ふと入れ替わってるのかもしれない。
そしたらそれはわたしの思うその人じゃないのに、
わたしはその人だと思ってる。
じゃあ、誰かを誰かだと証明するにはどうしたらいいんだろう。
姿、形、声、記憶? 双子だったら遺伝子だって同じもの。
でも、別人なのはだれにだってわかる。
その人が真にその人だと言えるのは、
その人自身、その意識がある人だけなんじゃ?
わたしは自分をわたしだと思う。
それがわかるのはわたしだけ。ただ、それだけなんだ。
わたし以外、だれもわたしのことをわからない。
ほんとのわたしを見ている人なんて、だれも――
「あれ、待って」
キィン、光のような、なにか鋭い音を立てて、
わたしのどこかが目覚めようとしていた。
思えば思うだけ、わたしに光が近づいてくる。
「そうだ……」
そう、そうだ!
わたしはここにいる。わたしが思うからわたしはあり、
わたしがあるからこの世界があるんだ!
涙が出そうな感動だった。
雷に打たれたような、見えないものが
見えるようになったような、そんな驚き。
……って、宗教体験をしてる場合じゃないんだった。
「ねえ」
わたしはむこうに座るあの子に声をかける。
「ここに同じに見える二枚のお札があるよね?」
さっき出したままのお金。
「どっちかが本物で、どっちかがニセモノ」
「うん」
「でも、わたしには見分けがつかないし、
たぶんだれだってそうだと思う」
「まあ、そだね」
「じゃあ……」
「本物じゃないものが本物と見分けがつかないとしたら、
それをニセモノとすることに何の意味があるんだろ?」
「……うん。まあ、そういうこと」
なぜこんなことになったのかもわからないけど。
とりあえず。
わたしは向こうのわたしと握手した。