0451
2006-05-22
世界に一人の秘密
 ようやくの休日。久しぶりに顔を見る彼女は、
待ち合わせのベンチにどこか乱暴に腰を下ろした。
「どうしたの? なんか疲れてるね」
 声をかけるとぼくの隣で、
「も〜、さんざんだよ」
 大きくため息をついた。
「他の人は普段からわたしがろくな仕事してないっていうの。
なにかあったってやめればいいだけ。
全部責任をとらなきゃいけない男とは仕事の質が違うとか、
仕事に向けての態度が違うとか、いっちいちばかにしてさ。
そうやっても結局は余した仕事とか、
まとめの処理とかはわたしが全部やらなきゃいけないのに。
自分たちだけが大変だ大変だって、偉いふりして。
わたしがどんなにがんばってるかだって、
どんな仕事をしてるのかだって、だれも何にもわかってくれない」

 口をとがらせて肩を落とす彼女にぼくは言う。
「わかりたくないんだろうな。
誰かをばかにしていれば自分だけは守れるし。……でも」
 振り向いたその瞳に。
「ぼくは、ぼくだけは、そんな君を知ってる」
 精一杯の笑顔に込めて言うと、
彼女の目からぼろっと涙が落ちた。
 普段人前で泣くことなんてない、彼女の涙。
 うつむく頬に手を添えて目の端をぬぐうと、
笑いのような小さなためいき。
「うん?」
 訊くと、そっと笑顔の目を上げて、
「カニのにおいがする」
 ぼくの手にその手を重ねた。