0461
2006-05-24
にわとりたまご
 けがで入院していたころ、
深い目をした車椅子の女の子と知り合いになった。
 その子は同じ部屋に入院していたおかあさんの
お見舞いにきていたのだけど、
生まれつき足が動かないということだった。
「なんでわたしだけこんななんだろ」
 さんざん怒ってきたのか、
もうあきらめのようにため息だけをこぼして、言う。
 この純粋な魂にわたしは何かを伝えたかった。

「ねえ、にわとりとたまごと、どっちが先にあったと思う?」
 余計なことだと思ったけれど、
異質なものをそのまま受け入れるには
当時のわたしは幼すぎたのだと思う。
「え? にわとりと、たまご?」
 きょとんとわたしを見ると、考えるようにどこかを見て、
「う〜ん……にわとり?」
 首を傾げた。
「きっと、たまご」
「どうして?」
「う〜ん。はじめからにわとりなん
て生き物がいたわけじゃないのはわかる?」
「うん」
「最初はなにかよくわからない生き物がいて、それが卵を産んだ。
孵ったトリは、すこしだけ今のにわとりに似てた。
そのトリがまたタマゴを生むと、中から生まれた鳥は
もっと今のにわとりに似てた。
そうやってずーっとずーっと長い時間をかけて、
最後に今のにわとりが生まれるタマゴが生まれた……はず」
「ふぅん……」
 そしてわたしは咳払い。
「でも、にわとりはなりたくてにわとりになったんじゃない。
その間にはいろいろ細かな形の違うトリが生まれた。
生命は、種は、いつもそうやって
いのちの可能性を広げようとしてる。
にわとりがにわとりになったのは、
病気や事故を越えて、一番生き残る形をしていたから。
だから……」
 あなたが歩けないのも、きっと意味があること。
いのちの可能性のひとつなんだよ。
 でも、それをわたしが言うのはあまりに偽善的な気がして。
 出なくなってしまった言葉を出そうそしていると、
「ありがと」
 女の子は目を細めて、小さな手でわたしの手を握った。