0477
2006-05-29
ケセナイ
「もう妊娠25週くらいです。堕胎することはできません」
 医者は女性に言った。
「どうして!」
 女性は叫ぶ。
「政府なんて一度できた技術を封印しようとするじゃない。
それにくらべたらこどもをなかったことにするなんて
簡単でしょ?」
 その言葉に医者は首を振り、
「だから技術は見た目だけ見えない場所にもぐり、
人クローンにしても陰で行われているのですよ。
できたものは消せない、その上でどう統制するのかが
本当は大事なんです」
「きれいごとはいいから、おろしてよ。
あたしこどもなんていらないよ」
「そこでおろしたとして。こどもの存在が無になっても、
『殺した』という歴史が残ります。
それすらもなくしたいと言うのなら、
あなたも陰に入るだけです。ただ――」
 医者はかつて見た悲惨な女性たちを思い出しながら、言った。
「莫大なお金をかけながら、
二度とこどもの埋めない体になるかもしれないし、
手術で自分の命も失うかもしれません。
大きな傷が残るかもしれないし、
その場所から無事に帰って来られないかもしれませんが」
「もっとなんとかならないの?」
 その言葉に首を振り、
「それが目に触れさせたくないものを地下に押し込めた結果です。
危ないものほど日のあたる場所、
風通しのいい場所に置かなくてはいけなかったのに」
 医者は大きくため息をついた。