0548
2006-06-14
ば化粧
 地方を旅していたときのこと。
道の端にこぢんまりとしたものの立派なおやしろがあり、
その中には何かで真っ白に塗られた石が立っていた。
その前には口紅などの化粧品。
 興味をもったわたしは地元の人を見つけ、声をかけてみた。
「これはなにを祀っているんですか?」
「ああ、それはバケショウさまだ」
 お年を召した女性が笑う。
その顔は農作業向けのような服装に似合わず、
どこかに出かけるばかりにきれいにお化粧されていた。
「バケショウさま?」
「ああ。何百年もまえ、ここらへんがまだずっと貧しかったとき、
化粧の大切さを教えてくれた人だよ」
「へええ〜」

 あらためて白く塗られた石を見て、
女性運動のさきがけだったその人に思いを馳せてみる。
このおばあさんがしっかりとお化粧しているのも、
その影響なのだろうか。
「ずいぶんきれいなかただったんでしょうね」
 わたしが言うと、
「いや」
「えっ?」
 あまりに短い言葉をききかえす。
「それがな、紅がないなら生肉を。おしろいがないなら麦粉をて。
化粧したのはいいものの、口から血を流し、顔は粉をふいて。
髪もごわごわになったその姿は――
まるで悪鬼のようだったそうだよ」