その瞬間、友達の頭がぴくんとあがった。
「ねえ、わたし、社会人の常識の極意をつかんだよ!」
目に興奮を浮かべる友達。
「へえぇ? なんなの?」
「お昼に教えてあげる!」
訊ねるとにこっと強い笑みを見せた。
会社の制服のままそこらへんのお店に入って適当に注文。
出てきたものを食べようとしたとき、友達が言った。
「おいおい、いただきますも言わずに食べ始めるなんて
社会人の常識がないな」
見たらにやりと笑う。
「はーい、いただきます」
ふたりで食べはじめながらちょっとコーヒーを整えると、また。
「おいおい、コーヒーにクリームを入れるとは
社会人の常識がないな」
「ああ、そういうこと?」
なんとなくわかってきて、
目の前のおいしそうなものを見て考える。
「君ぃ、お昼に一人でデザートまで頼むなんて
何考えてるんだね、社会人の常識がない。
……わたしにもおごってください」
「昼間からおねだりとは……社会人の常識がない」
「なんだかその言い方、微妙に社会人の常識がない」
ああ、このばかばかしさ。このキレ、このコク。
「ほんとにそんな感じだね、『社会人の常識』」
わたしが言うと、
「おぅいぇ! 自分ができて相手ができないこと、
相手の気に入らない部分を自分が正しいと思わせながら
けなすときに使う!」
親指を立てたこぶしをぐっと突き出して笑い、
「こら、それはやめなさい。はしたない」
わたしはその親指を丸めるように手で握った。