0562
2006-06-19
社会人の極意
 その瞬間、友達の頭がぴくんとあがった。
「ねえ、わたし、社会人の常識の極意をつかんだよ!」
 目に興奮を浮かべる友達。
「へえぇ? なんなの?」
「お昼に教えてあげる!」
 訊ねるとにこっと強い笑みを見せた。

 会社の制服のままそこらへんのお店に入って適当に注文。
 出てきたものを食べようとしたとき、友達が言った。
「おいおい、いただきますも言わずに食べ始めるなんて
社会人の常識がないな」
 見たらにやりと笑う。
「はーい、いただきます」
 ふたりで食べはじめながらちょっとコーヒーを整えると、また。
「おいおい、コーヒーにクリームを入れるとは
社会人の常識がないな」
「ああ、そういうこと?」
 なんとなくわかってきて、
目の前のおいしそうなものを見て考える。
「君ぃ、お昼に一人でデザートまで頼むなんて
何考えてるんだね、社会人の常識がない。
……わたしにもおごってください」
「昼間からおねだりとは……社会人の常識がない」
「なんだかその言い方、微妙に社会人の常識がない」
 ああ、このばかばかしさ。このキレ、このコク。
「ほんとにそんな感じだね、『社会人の常識』」
 わたしが言うと、
「おぅいぇ! 自分ができて相手ができないこと、
相手の気に入らない部分を自分が正しいと思わせながら
けなすときに使う!」
 親指を立てたこぶしをぐっと突き出して笑い、
「こら、それはやめなさい。はしたない」
 わたしはその親指を丸めるように手で握った。