その日、わたしの前に腰を引きながら
やってきたその中年患者は見た目からして病人のようであった。
なにかを噛み締めるように歯をくいしばり、
眉をよせ、顔色は悪く額にはあぶらあせ。
「今日はどうしました?」
わたしが訊ねると、
「なんでもねえのによう、女房が行け行けって言うから」
「なるほど。ではまず簡単に脈でも見てみましょうか」
……早い。しかも腕もじっとりと熱くなっているようだ。
「どこか痛みはあります?」
「いや? 特にないな」
「そうですか。てっきり腰がお悪いのかと」
すると、
「ああ、腰な。そういやいつも調子が悪くて」
「じゃあ、拝見いたしますので、
ベルトを緩めてその台に横になっていただけますか?」
つらそうに台にあがり、ゆったりと体を倒す。
「失礼しますよ」
背中。触っても痛みはないようだ。となると……
「ん」
腹部を触ると声を上げる。
「次は、体全体で天井を見るように動いていただけますか」
仰向けの体、硬くなった腹に手をあて、押圧。
すっと手を抜くと、
「ぐっ」
苦しそうな息をもらした。
この反応、痛いなんてものじゃないはずだ。
「ここらへん、痛みありますか?」
とぼけて訊くと、
「いや、なんでもない」
「そうですね。特に痛みもないようですし、
まったくの健康体ですよ」
男はほっとしたような、気が引けるような、複雑な顔をした。
「……これで痛みがないと言うのなら、何で来たんですか」
ベルトを締めなおす男を見ていたら、口から落ちる言葉。
悲しみと憤りに胸が震えてわたしは叫んだ。
「もはや命の危険もあるのに、ごまかして何になるんです。
その嘘にはご自分の命も、ご家族のこれからも
賭けるだけの価値があるんですか!」