きっかけはとてもくだらないことだった。
最近、電波時計を買った。
電池さえ入れておけば勝手にどこかから電波を拾って
ただしい時間に合わせてくれるという、
ものぐさなわたしにとってありがたい道具。
はじめはよく動いてくれた。テレビの時報よりも
正しく時間を刻むその姿はまさに文明の利器。
すがすがしささえ覚えたものだ。
ところがある日、時間が狂っているのに気がついた。
最初はほんの数時間。それがいつしか日・週・月。
電波の状態では時間がずれることもあるという。
それもそういうものだろうと思っていたけれど、
あるとき、ふと思った。
もしこれが正しい時間を示していたら?
過去の電波がちょうど今届いていたとしたら?
このくだらない思い付きをだれかに伝えたかった。
そこで携帯電話をとり、だれにかけようかと考えをめぐらせ――
――思いついたのは、母だった。
そう思うと、どうしても声が聴きたくなった。
時計の示す三年前、まだ死の陰すら知らなかったあのころ。
もし、できるのなら久しぶりに話したい。
今は結婚してしあわせだよと伝えたかった。
そこでわたしはつい電話をかける。
思うのはわたしが買ってあげた携帯を慣れない手つきでいじる姿。
「ふふっ」
思わずこぼれる笑み。悲しいことなどなにも知らなかった当時。
もっと親孝行したかった。たくさんいたわってあげたかった。
……なにやってるんだろう。
長い呼び出し音を聞いているうちに冷静になってくる頭。
切ろうと電話を耳から話そうとしたとき、ぷつっと雑音。
そして聞こえてくる声。
「もしもし?」