0608
2006-06-29
電波時計
 きっかけはとてもくだらないことだった。

 最近、電波時計を買った。
電池さえ入れておけば勝手にどこかから電波を拾って
ただしい時間に合わせてくれるという、
ものぐさなわたしにとってありがたい道具。
 はじめはよく動いてくれた。テレビの時報よりも
正しく時間を刻むその姿はまさに文明の利器。
すがすがしささえ覚えたものだ。
 ところがある日、時間が狂っているのに気がついた。
 最初はほんの数時間。それがいつしか日・週・月。
電波の状態では時間がずれることもあるという。
それもそういうものだろうと思っていたけれど、
あるとき、ふと思った。
 もしこれが正しい時間を示していたら? 
過去の電波がちょうど今届いていたとしたら?
 このくだらない思い付きをだれかに伝えたかった。
そこで携帯電話をとり、だれにかけようかと考えをめぐらせ――

 ――思いついたのは、母だった。

 そう思うと、どうしても声が聴きたくなった。
時計の示す三年前、まだ死の陰すら知らなかったあのころ。
もし、できるのなら久しぶりに話したい。
今は結婚してしあわせだよと伝えたかった。
 そこでわたしはつい電話をかける。
思うのはわたしが買ってあげた携帯を慣れない手つきでいじる姿。
「ふふっ」
 思わずこぼれる笑み。悲しいことなどなにも知らなかった当時。
もっと親孝行したかった。たくさんいたわってあげたかった。
 ……なにやってるんだろう。
 長い呼び出し音を聞いているうちに冷静になってくる頭。
 切ろうと電話を耳から話そうとしたとき、ぷつっと雑音。
そして聞こえてくる声。

「もしもし?」