0653
2006-07-13
義務の奴隷
 たまに行く場所で飛び降り自殺があり、
下にいた人が巻き込まれてひどいけがをするという事件があった。
「ひどいよなあ、あれ」
「死ぬんなら睡眠薬でも飲むなりして、一人で死ねよな」
 電車で前の二人が話す言葉。
 たしかにうなづくところもある
。人を巻き込むなと言うのは正論だろう。
 でも、違うのだ。この二人は自殺しようとしたことなんて
きっとない。自分で死ぬのがどれほど大変なのか知らない。
睡眠薬の二三粒でも飲めば、眠るように死んでいく、
そんな風にでも思っているのだろう。
 けれど、そんなわけがない。
それほど利くものは市販なんてされない。
 しかたなく風邪薬をむさぼったものの、急に、そして大量に
摂取したせいで寝てる間に戻してしまったのも懐かしい話だ。

 ――ふう、とため息。
 生きる権利、というものがあるらしい。
でも、一体なんなんだ?
 有無も言わさず生まれさせられる存在。
法律で見たって取消し得るようなことじゃないか。
それを、一度生まれさせられたら自然に死ぬまで生きろなどと。
 生の絶対的な支配下にあって、死ぬ事ができずに
ただ生きつづけさせられるとするなら、それは生きる権利ではなく、
生きる義務じゃないのか? 権利の主体どころか、
ただの義務の奴隷だ。
 人を支配つづけてきた乱暴な生。
それに人間が逆らう事ができるとしたら、自ら死ぬことだけ。
だからこそ、自殺は人間としての権利を主張する崇高な行為だし、
生への抵抗力、人間としての誇りをもって、
死ぬ権利はあるべきじゃないか。
 生きる権利を謳うなら、死ぬ権利も当然として認めてくれ!
 叫び出したくなる胸を押さえ、今日も会社の扉を開ける。