0658
2006-07-14
プラスマイナス
 大学の冬休み、バイトから帰って部屋にへたり込むと、
突然の訪問者があった。
 扉の向こうにはきちんとした身なりの初老の男。
「探しました」
 と、男は言った。
 扉を開けたおれに弁護士の肩書きがある名詞を差し出し、
「あなたのお父様についてはごぞんじですか?」
「おやじ? おれがこどものころ、
おれと母さんを捨てて出てったってことしか知らないな」
「あなたのお父様は当時から隠れ遺跡の財宝に興味を持ち、
それはそれは熱意をもって読解と発掘にあたりました。
その間、奥さんとお子さんをないがしろにしたこと、
ひどく後悔なさっていたのです」
「……で?」

 そんな言葉にいまさら何の意味がある。
 おやじに捨てられ、苦労の中で死んだ母さん。
おれだっていまだに安アパートで学費を稼ぎながら
薄めた粥をすするような日々。父親がいないこと、
捨てられたことを憎まなかった日はない。
「このたびそのお父様がお亡くなりになり、
遺産の引継ぎ手を探したところ、
存命しておられる方はあなただけだったのです」
「な……っ? まさか、その金が、おれに?」
「ええ、小国の国家予算にも匹敵する額ですよ」
 なんてことだ! おれにもとうとう運が回ってきたのか。
さんざんおれの運命を邪魔し続けてきたおやじが
死んでから役にたつなんて。
 とりあえず家に上がってもらおうとしたところ、
男がつぶやくのが聞こえた。
「負の遺産ですけどね」