0692
2006-07-24
人食い
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「そこまで〜!!」
 ひび割れたマイクの声が響くと、
広い会場から沸きあがった歓声が空気を振るわせた。
「決まりました。優勝は、3番のかた〜!」
 拍手交じりの大歓声。大食いコンテスト会場は沸きに沸いた。
「どうですか、新チャンプ! いまの気分は」
 向けられるマイクに、口の中のものを胃に落とし込みながら
男は答える。
「優勝は、練習中に死んだ友達の夢だったんです。
夢半ばに倒れたあいつの志をついでがんばってきました。
これで喜んでくれると思います」
 もごもごと声をくぐもらせながら。
「おーい、おまえの替わりに優勝したぞ! 見てるかー!」
 男が空に向って叫ぶと、
観客からは魚の大群が跳ねるような拍手の音。
「……見てるさ」
 日のあたる男の影、死んだ男の魂があった。
「おれは他に何もできないし、せめて大食いを生かせる
このコンテストで有名になってみたかった。
それだけがおれの夢だったんだよ。
同じ夢を近い人間がかなえるのを見ておれがよろこぶのか? 
人を食ったこといいやがって」
 ぼうっ消えるように揺らぎながら、彼はつぶやく。
「おれが生きてたら……それこそ死にたくなるよ」