0712
2006-08-01
 かつての戦争が終わった日、今年も記念式典が行われていた。
「たとえばお湯も煮立ったやかんに触ったわけよ」
 後ろのほうにいる男たちの一人が話す。
「まあ、これは熱い。やばい。じゅるっとした音と痛みの上、
手の皮がみずぶくれになるんだ」
「うぉう。痛いな」
「……というのを、経験のないおまえが別の奴に伝えてくれ」
「煮立ったやかんに触ると、水ぶくれになるくらいのやけどで
痛いらしいぞ、ってのでいいのか」
「うむ」
 男はうなづく。
「ならこの中でめめんほぷを食ったことあるのはいるか?」
 誰もいないのを見て、男は続けた。
「あれはうまいぞ。やわらかく泡のような不思議な口ざわり。
甘くて溶けて、体の隅まで生き返るような味だ」
 周りはごくりとつばを飲み込む。
「……って、話だ」
「なにぃ!」
「まあ、まて」
 男は手を振って、
「そこでおれは思うわけだ。これはおいしい要素を伝えただけで、
おいしさそのものを伝えてるのとは違うんじゃないかと」
「なんの話だ?」
「たとえば、山登りをしたことがない人間が、
山登りの楽しさを伝えられるものだろうか? 
『空近くまで自分の足で登るのが気持ちいい』。
でもそれは、『気持ちいい、らしい』の略だろう? 
ほんとにそれがどうなのか、自分で体験したとき
どう思うのかは知らないままだ。所詮は伝聞でしかない。
感情に近い言葉を伴って話される『〜さ』って言うのは、
もっと自分の身から出るようなものだと思うんだよ。
楽しさ、嬉しさ、悔しさ」
「そう言われれば、そうかもしれんなあ」
 うなづく周り。
 その後ろ、式典の段に立つこどもが言った。
「ぼくたちは戦争の悲惨さを語り継ぎ、
二度とあの悲劇を繰り返さないようにします」
それを聞き、男は言った。
「あれを聞くたびに口惜しくてな。おれは成仏できんのだよ」