0755
2006-08-11
小さな涙
「ちょっと! おたくのビデオ、
買ってすぐに使えなくなったんだけど。
なに、おたくの品物ってすぐこうなっちゃうんだ? 
これじゃあ、とてもじゃないけど買えないよね」
 わたしの名乗りも待ちきれないように、言われた。
 いかにもばかにしたような口ぶりに胃がぎりっとねじれる気分。
「いいえ。安心して売りに出せるほどの
製品動作検証も行っておりまして、すべての商品が
ご購入後すぐに不調をきたすことは決してありません」
「じゃあ、なに? なんでうちのは壊れちゃったのよ」
 さらにむっとした口調。
「わたしどもにはわかりかねます。
ご使用方法も環境もわかりかねますし、
壊れたとも言い切れません」
「なにそれ! 使えなくなってるんだから壊れてるんでしょ」
「いいえ、違います。たとえばお客様のご家庭で
停電なさっている場合、コンセントが抜けている場合など、
一切正常に稼動できる状態にあってもお使いになれません」
「どういう口の利き方、それ? わたしが自分ちが停電してても
気付かないボケだって言いたいわけ?」
 がじゃん。
 耳元で凶悪な音を立てて電話が切れた。

 精神力を奪われて少しの間ぼーっとしていたら、
電話が転送される音。
「はい」
「あ、ごめん、わたし」
 向かいの席と同じ声。顔を上げると手をぴらぴら振った。
「なんかね、さっき話したって人がかけてきてるんだけど」
「え〜。いないって言ってくれない?」
「……ご指名で」
「うう」
 仕方なく電話を受け取ると、
「ああ、さっきの人? 見てみたら、コンセント抜けてたみたい」
「は。さようで」
「それで、ビデオの取り方、教えて欲しいんだけど」
 おなかがねりねりと痛くなってくる。
「説明書をごらんいただけばわかるようにはなっておりますが、
あえて説明がご入用ですか?」
「ええ、お願い」
「それではただいまより廊下で少々泣いて参りますので
折り返しのお電話でよろしいでしょうか」