0835
2006-09-05
とりあえず、未来へ
 失われた肉体の再生に関して第一人者と謳われる女性が、
目隠しをされたままとある部屋に案内された。
「申しわけありませんでした。もう外していただいて結構ですよ」
 響く男の声。目隠しを外した彼女は――
「うわ、気持ちわるっ」
 思わず叫んであとずさった。
 ずらりと並ぶ透明な入れ物、その中にある人の脳。
「これはこの国の歴代の指導者、そして失うのは惜しい者たちだ」
 声の主を改めて見ると、現在のこの国の指導者によく似ている。
「金も人員も好きなだけ出そう。
きみの技術で彼らがまた活動できるようにして欲しいのだよ」
 彼女は一瞬すごい顔になり、それから深く息を吐くと、言った。
「えーと、その、ですね。ミイラありますよね、ミイラ」
「うん?」
「かつての人は死んだ人がいつかまたよみがえるだろうと思って、
腐りやすい部分をぐちゃぐちゃ掻き出して
壺に流し込んだりしたわけです。腐らないようにと
いろいろ混ぜ物をした結果は……まあ、イカの塩辛です」
「ふむ」

「それで、ですね。脳の部分だけこう微妙に残されて、
防腐剤かなにかにどっぷり漬け込まれて、
いつか使えるだろうと期待されても……。
気持ち悪いだけでもはやどうにも使いようがありません」
「そうか。全部生ごみでしかないのか?」
 悲しげに肩を落とす男に彼女は言った。
「まあ、そう悲観することもありません。
いつかきっと、どんなに劣化した肉片のひとかけらからでも
生前のその人を復活させる技術ができますよ!」
 干からびた声のはげましに、
「そうだな、未来の可能性は無限だからな」
 死ねば自分も頭を開かれて脳を飾られる男も、
乾いた声で応えた。
「あははは、そうですよ」
「はははは、そうだな」
 二人でかさかさと笑い合いながら、彼女は帰りに瓶入り果物の
シロップ漬けを買って帰ろうと考えていた。