0849
2006-09-07
自我の欲求
 年老いて寝たきりになった老人がいた。
 寝返りをうたせてもらうたびにお礼を言い、
排便の処理をしてもらうたびにお礼を言い、
水をとってもらってはお礼を言い、
とにかくお礼を言うだけの生活に落胆していた。

 自分もなにかできないだろうか、
感謝してもらえるようなことはないだろうか?
 彼は考え――電話をそばに寄せてもらうと
適当に調べてもらった会社のお客様窓口に電話をかけた。
 返ってくる明るい女性の声。
そこで思いついた名を告げれば、電話の向こうの彼女は言う。
「おせわになっております」
 ……おせわしている!
 彼の胸は躍った。
 普段世話をされるだけの自分が、世話をしている!
 そこで彼は電話を切ると、また電話をかけはじめた。