0883
2006-09-17
痛みを知らない
「いってえな、ぶっころすぞ!」
 電車から降りる男が吠えると、
「ああ? てめえこそ殺すぞ」
 乗ろうとしていた男が吠え返した。
 急ぎ足で避けるように散っていく周りの中、
「許可!」
 一人出てきた男がすがすがしく声を出す。
「なんだてめえ」
 二人がにらむと、男はスーツの内ポケットから
身分証を出して言った。
「国家許可判定士ですよ」
 とまどう男たちを目に写し、
「お二人の合意があることですし、国の許可の元、
お互いのお望みどおり殺しあっていただきます。
指を切り落とそうが、腕がもげようが、目をつぶそうが。
必ずどちらかが死ぬまでは続けていただきますが、
よろしいですね?」
「ま、待てよ」
 片方の男は言う。
「こいつにも家族がいるだろうし、べつにそこまで」

「いいえ」
 判定士は手にした情報端末を確認し、応える。
「この方は今まで独身、こどもの頃から周りにあたりちらし、
高校生になってからは度重なる悪態に両親は自殺。
自分のまいた種で転々と職を変えるしかなく、
現在の職場でも態度と人柄の悪さから疎まれ続けています。
死んで喜ばれこそすれ、悲しむ人間はおりません。
 なお、あなたは酒癖の悪さから妻もこどもも別居中。
それに腹を立てたあなたは慰謝料も養育費も払わずに
自分のためだけに暮らしていますね。
立場を利用して不倫にもちこんだ女性は
こどもができたことで結婚の約束もふみにじり、捨てました。
むしろあなたが死ぬことで救われる方以外いないでしょう」
 冷静な目を男たちに向け、彼は言った。
「と、いうわけです。何の遠慮もいりません。
心ゆくまで殺しあってください」
「ふ、ふざけんな。だれがお前の言うとおりになんかするか」
「では、今さらやめるというのですか?」
 答えるもう片方の男。
「あ、あたありまえだ。気がそがれちまった」
 そして二人は目を合わせると、
「よかったな。今日は見逃してやらあ」
「おまえこそな。今日はかんべんしてやる」
 それを聞いて彼は言った。
「許可」

 振り向く二人。
「では、いつにするかおっしゃってください」
 男たちは汗をぬぐうと吐き捨てる。
「こんなやつ、二度と会わねえよ」
「そうだ、一生かかわるかって」
 走り出す背中を見ながら、彼はつぶやいた。
「許可」
 その顔には軽い笑みを浮かべて。
「……ま、わかってましたけどね」