0884
2006-09-17
落差
 一国の指導者が、傾きかけた国の財政を立て直すために
とある王国の長に財政支援を求めると、
「ふむ」
 たくましい体つき、精悍な顔のその男はあごをなで、
「おっしゃるとおりの金額を用立てることは構いません」
 静かな声でそう言った。
「おお、ありがたい!」
 よろこびに飛びつくばかりの男だったが、
「ですが……」
 王は続ける。
「あなたにも痛みを受けてもらいましょう」
「と、おっしゃいますと?」
「あなたの奥さんと娘さんを一か月、
わたしの元でわたしの好きにさせていただきましょう」
 ――この男、いかに立派に見えても所詮は女めあてか。

 見た目と中身との落差に幻滅を覚えたが、
すぐさま自分の問題でもあることに思い至り、
彼は悩んだ末、答えた。
「妻、だけなら」
 一か月後。
 国を発った彼の妻は家に戻り、荷物を降ろすと言った。
「ねえ、あなた。離婚しましょう」
「ど、どうした。……どんなに穢されても、おまえはおまえだ。
だいじょうぶだから」
 なぐさめようとする男をにらみつけ、
「なんであなたはそういう発想しかできないの!」
 男が聞いたこともない声で叫んだ。
「あの方はとても礼儀正しかった。一人の確固とした人間、
そして女性として敬いながら接してくれた。
常に国を愛し、国民なんてわけのわからないものじゃなく、
ひとりひとりの個人がどうあるべきかを考え、心を痛めてた。
なのに、あなたはどう? 自分のために税金を無駄に使い、
足りなくなれば改めもせずに無心して済まそうとする。
挙句の果てには自分の保身のためだけにわたしまで差し出す? 
あなたには何一つとして自分の痛みなんてないじゃない!」
 うろたえる男。
「な、なにを言うんだ。おまえがいない間、
どれだけ心を痛めていたと思うんだ。
眠れない日だって何日もあったんだぞ」
「それだけ? たった、それだけ? 
乱暴されると思いながら一人質草みたいに預けられて、
不安なまま過ごしたわたしと、それがおんなじ?」
 彼女はためいきより深い息を吐くと、つぶやいた。
「……あなたは人として、指導者として、男として最低。
あの国を知ってしまった今、その落差にもう耐えられそうにない」