0922
2006-09-28
ばかの一念
「では行きますよ〜」
 暗がりの中、まぶしいほどの光を浴びて男が言った。
「さあ、種も仕掛けもありません。
お客さんから借りましたこのお札に……
ステッキを突き刺します!」
 怪しげな曲をバックに、派手な服の男はお金を棒で貫いた。
「あー、もったいないー」
 おれが言うと、周りの人も笑いをこぼし、
「だいじょうぶ、ぼうや。ほーら!」
 楽しげに笑みを浮かべる男がお札を開くと、
それは元のままだった。
「ええ? なんで?」
「ははは、それだけじゃない。そら!」
 ぐしゃぐしゃにして開くと、今度は二枚になる。
「うわー! ずるい。なんでそうなるの?」
 はじけるように起こる笑い。白手袋のその男は笑顔で
おれの頭に手を置いて、
「いっぱいがんばったからさ。
ぼうやだってがんばればきっとできるようになるよ」

 それからおれは必死に練習した。
 何千枚と紙を破り、何度も親に叱られて。でも……
「なあ、ちょっと見てくれよ。
とうとうお札を増やすマジックを習得したんだ!」
 おれは驚きと興奮で叫びながら友人家のドアを叩く。
「ああ、そんなのネタ知ってるよ」
 と出てきた友人。押し込むように部屋に上がって催促する。
「とにかくお札、お札一枚かしてくれ」
「ははは、じゃあ製造番号覚えてからな」
 財布から出されるお札。見てる間にも手をばたつかせ、
差し出されたそれをもぎとるように手に収めた。
「じゃあいくぞ。種も仕掛けもありません。よく見てろよ」
「はいはい」
 両手をあわせて刷り合わせ、
しっかり手のひらで揉みほぐし――
「どうだ!」
 二枚になったお札をそれぞれ手のひらの上に乗せた。
「ははは、どれ」
 友人は片方を取ると紙を伸ばし、
「こっちが元の札だな」
 それからもう片方を開いた。
 驚く顔。信じられない目。
 お札を何回も見返し、呆然とおれを見つめる。
「どうだ?」
 興奮に震えながら訊ねると、
「お前、この札ってどうやって増やした?」
 そっと、ひそめるように友人が訊いた。
「あははは、そりゃ、練習の成果だよ」
 嬉しくて嬉しくて、止めようとしてもこぼれる笑い。
「いや、冗談じゃなくてさ」
「冗談じゃないよ。種も仕掛けもないって言ったろ?」
 愕然とした、としか言えない顔でおれを見る。
「ありえない……」
 最高だ! 昔のおれはきっとこんな客だったんだろうな。
 しみじみと喜びを噛み締めていると、
友人は頭を振りながらつぶやいた。
「なんで二枚とも同じ番号なんだよ」