彼の周りは汚れに満ちていた。
周りでせきと共に飛び散る唾と菌。体に触れる汚物の群れ。
避ける余地もなく他人に触れられる電車は
彼にとって悪夢でしかなかった。
他人からすこしでも遠ざかるように体を縮め、
こわばる顔で下のほうを見つめ続けた彼だったが、
車体が揺れ、他人に倒れかかられた時に
必死につり革を素手でつかんでしまった。
普段決して直接触れることのないようにと手袋をつけていたが、
その時はすでに耐え難い汚れに侵され、外してしまっていたのだ。
ぞわぞわと背筋を這い回る嫌悪。こぼれ出す冷や汗。
自分の手を見た彼の目は裏返り……床に倒れる。
だれがどこを歩いたかも、
何の上を歩いてきたかもわからない床。
いつかだれかが嘔吐し、糞尿の上を歩いた靴で
歩きまわっただろう場所に、倒れた。