0980
2006-10-16
猛々しい国
 うちで飼っていた猫が、外に出たきりぷっつりと消息を絶った。
 ……どうしたんだろう、事故にでもあった?
 大切で大好きな家族だったから毎日探した。
いそうな場所を何日も巡った。
わたしたちの家がいづらかったかと反省もした。
 でも、戻ってこなかった。

 それから何年も経ったある日、お向かいの
アパートの中年男性から、そこの大家がうちの猫を
ずっと飼っていたのだと聞いた。
 無理やりにつがいにしてあきらめの中で交尾もさせて。
そうして子猫を作ったのだという。

 返して! 返して!

 その家の前で叫んでいたら
わたしのアパートの大家が出てきて、
子猫と会う手はずを整えてくれた。
 向こうの大家を誉めておだてておみやげも渡して。
その子猫をこの手の中に収めたのち、わたしは言う。
「この子猫はわたしたちの猫の子。あなたがしたように、
わたしたちはもうこの子を返しません」
 すると向こうのお宅の主人が叫んだ。
「ふざけるな! それじゃ誘拐じゃないか!」
 だからわたしは言ってやった。
「それを、あなたはやったんですよ?」
「だからなんだ!」
 叫ぶ相手にわたしは応える。
「だからなんだはないでしょう。わたしの猫を返して! 
死んでいるなら骨だけでいい。返して!」
「ふざけるな! おまえの猫は死んだから埋めた。骨は捨てた。
川傍に埋めたら洪水で流された! 
どうだか知らないがそんなとこだ。
まあ、まかり間違ってもおまえに戻すつもりはないってこった」
 怒りがこみ上げるわたしの胸。どうしてやろうかと思うと、
大家がわたしの手から子猫をとりあげて相手に渡しながら言う。
「これはこれはどうもすいません
。おっしゃることはもっともです。
もしよろしければぼちぼちと
見せていただけるだけでも充分ですから」
「どうして!」
 わたしの問いに、
「大家同士の付き合いは、店子なんかにわからない」
 へらへらと相手に向けたお愛想笑いの裏でつぶやいた。