温泉くらいしかとりえもなかったこの街が、
最近ドラマの舞台になったか何かで
観光客がたくさん来るようになった。
お金をそこらへんにばら撒いていくから、
観光業をやってるところはいいんだろう。
でもわたしはどうせ農家の娘。賑わいなんかとは無関係。
むしろ、わたしの憩いの場所だった市民温泉に
頭の悪い声を響かせた上にお湯を汚していくよそ者が
あふれるのが気に入らない。
「ねえ、見て。肌つるつる!」
「うわー、ほんとに効くんだ」
例によって観光客の声。髪も上げずにお湯につかるってのも、
どんなもんなの? まったく。
「おねーさんたち、それ、温泉成分」
我慢しきれずに言ってしまった。
「一度入ったくらいで肌がきれいになって病気も全部治ったら、
お医者さんなんていらないと思わない?
湯治って、じっくり腰をすえて、
長い時間をかけてよくしていくものでしょ?」
はっとして口をふさいだけど、もう遅い。
二度と来なくなるならそのほうがいいのに、なにうっかり
また来てねみたいな説明しちゃってるんだろう、わたし。
そこで何とか頭を動かして、ちょっぴりおまけをつけてみた。
「それがだめなら、町名物の無農薬野菜の定期購入。
これは健康になること請け合いだよ」