0007
2003-07-19
梅雨明け宣言
三月半ば、卒業式のあと。
わたしは今までの人生で最大の緊張の中にいた。

わたしの前にはなんとか呼び止めたあのひと。
違う大学、違う街に行くわたしにとって
普通に話ができる最後の機会だった。

「あ……あの……」
頭が熱くてなにも考えられない。
なにを言おう、どう言おうと
今までずっと練習してきたはずなのに。

……どうしよう、どうしよう。頭の中でぐるぐる回る。

怖い、苦しい、恥ずかしい。
でも、このままじゃきっと一生後悔する。
だからわたしは、たった一つだけ胸に残っている言葉を口にした。

「好きです」

苦しくて、息も止まってしまいそうな瞬間。

「……いつから?」

彼の言葉。
「え?」
呆然と顔をあげると、彼はわたしをまっすぐに見つめていた。
「それは、いつから?」
「えと……あの……気づいたらずっと、好きでした」
そらしてしまいたくなったけれど、
なんとか上目で見つめて口にする。

でも、彼は。
「それじゃ困るんだよ。はっきりいつからか言ってくれないと」
その顔。本気で困っているようだった。
……わたしが好きと言ったことではなく、いつからそうなのかに。
「でも……あの……どうして?」
「気持ち悪いだろ、はっきりしないと。
好きなのならいつから好きになったか、
そして終わったならいつ終わったのか、ちゃんと言って欲しい」
「え……でも……」

好きってそういうものじゃない気がする。
いつからかよくわからないけど、なんだかだんだん気になって。
それでふと気づいたら、もう好きになってた、
そういうものだと思う。
……終わりだってそう。

たぶん、初めのほうみたいな気持ちが
知らないうちになくなっていって、
気づいたら好きじゃなくなってた、そんなもの。
……それじゃ、だめなの?

「前に、うちのクラスに教育実習の先生が来たんだよ」
彼は言う。
「板書へたくそでさ、どう写していいか
わからない書き方するんだ。
だから訊いてみた。『それ、書くんですか』って。
そしたらなんて言ったと思う?」

首を振ると、
「『必要だと思ったら書いてください、
必要じゃないと思ったら書かなくて結構です』、だってさ」
彼はさらに熱をこめて続けた。
「だからおれは訊いたんだよ。
『どこに書けばいいんですか』って。
そしたらそいつ、なんて言ったと思う? 
『自分の思う場所に書いてください』、だよ。
……ばかか? 
書くなら書くで、ちゃんと言ってくれよ。
ノートにしたときに一番みばえが良くなるように
はじめっから考えて書いてくれよ。必要ないなら書かないで、
大切なところがあるなら色を変えて書けよ。そう思うだろ?」

わたしは口を開けなかった。
でも、彼は返事など期待していないように続ける。
「ちゃんとひとつひとつ指示してくれなきゃ
どうしていいかわからなくなるのに。
そんなこともできない奴が先生になろうなんて笑わせるよな。
生徒をなんだと思ってるんだ。そもそも……」

さらに続きそうな言葉を遮るように、
わたしは小さく手をあげた。
「あの……」
「うん?」
ようやくわたしを見る彼。わたしは宣言する。
「たった今、わたしの恋が終わりました」