0011
2003-07-22
政治家
「お願いします。お金をください」

 みすぼらしい身なりをした男が
町の戸を一軒一軒たたいて回っていた。

「ただでもらおうとは思いません。
もしいただければ、この町の掃除をいたしますから」
 憐れに惨めに男は言った。
 その言葉に善人が金を渡すと、
彼はさらに別の家へ行く。
そしてそこでまた繰り返すのだ。

「お願いします。お金をください」
 彼は必死に頭を下げた。
「ただでもらおうとは思いません。
もしいただければ、この町の掃除をいたします。
この町のために尽くしますから」

 それでももらえないと、彼は地面に頭をすりつける。
「お願いします。わたしに機会をください。
どうかお慈悲をお与えください」
 その言葉に町の者は
ついに彼にいくばくかの金を渡すのだった。

 そのうちにいつしか彼は町一番の金持ちになった。
町の中心に他の誰よりも大きな家を建て、
家には家政婦を雇い、大きな農場も何個も手に入れた。

 それを知って怒ったのは彼に金を与えた者たちだった。
手に手を取り彼の家へと押しかける。
「……なんですか、そうぞうしい」
 家の中から出てきた男は、
もはやみすぼらしいかっこうではなかった。
贅沢の限りを尽くした衣装を身にまとい、
まるまると太って脂ぎっている。

 町の人は叫ぶ。
「一人だけこんな贅沢をして! 約束はどうなった」
「約束?」
 彼は薄笑いを浮かべた。
「何を言っておられるのやら。ちゃんと守ったでしょう」
「どこがだ。まだ町は汚れたままだぞ」
 楽しそうな笑みを浮かべて彼は言う。
「見てごらんなさい。ここはこんなにきれいですよ」
「自分の家だ、あたりまえだろう」
「だが、町だ。わたしは毎日、町の掃除をしていますよ」
 憤った声があがる。
「町のために尽くしたのか!?」
 彼はさらに目を細め、ぬめるような笑みを見せた。
「もちろん。道路の整備もしたし、農園も開いた。
メイドも雇った。あなた方の中にもわたしのところで
働いておられる方がいるのではありませんか?」

「……人の金で生きてるやつが偉そうに」
 憎々しげな声。
「人の金? たしかに元は人の金だった。
だが、今はわたしの金だ。
頭も下げ、惨めに這いずり回った。その当然の代価でしょう」
「金持ちになったとたん、手のひら返しやがって」
 その言葉に、彼は高らかに笑った。
「なにをおっしゃる。手のひらを返したのはお互いさまだ。
……わたしが物乞いをしたとき、
あなたたちはどういう目で見た? 
憐れみ、さげすみ、見下した。
だが立場が変わったらどうだ? 今度はわたしを責めたてる」

「……憐れだな」
 人ごみの中から声がした。
「それだけだと思うのか? 
みんながあんたを憐れに思って金を出したと? 
……それだけじゃない。みんな、あんたの未来に期待したんだ」
 彼は何を言われたのかわからないように眉をひそめる。

「わからないのか? みんなの期待を裏切って。
どんなに金があっても、力があっても。
あんたの心は貧しいままだ」
「だまれ!」
 吼えるように彼は叫んだ。
「立場をわきまえろ、ブタどもめ! 
わたしが生かしてやっているのに!」