「ねえ、ちょっと聞いてよ〜」
電話口から聞こえる不満。
「彼ったらね、ひどいんだよ」
……またこれだ。
わたしは受話器をすこし耳から離す。
「今日ぜったいだいじょうぶだから
遊びに行こうって言ってたの。
でもまただめだったんだよ」
「ふぅん。なんで?」
適当に返事。
「お金、なくなっちゃったんだって」
「ふぅん。なんで?」
「パチンコで使っちゃったみたい」
「ふぅん。あっそう」
はっきり投げやりに返していると、
「もー! ちゃんと聞いてよ」
すこしむくれた声で言われた。
「聞いてるよ〜」
わたしは受話器からのびたコードを
くるくると指で回し、
「つまりは。
いつもの彼がいつものように約束を破って、
そしてあなたはいつものように
わたしのところに電話してきたわけだ。
ふんふん。誠実そうな彼じゃない」
「あ、でも、今日はちょっと違うんだよ」
弁解するように彼女は言う。
「せっかくのデートだから、
ごちそうしてくれようとがんばったんだって」
「うわあ、すごい! 優しいんだ」
わざとらしく驚いてみると、
「でしょ? えへへ……」
わたしの言葉を本気にして、
ふにゃふにゃと笑った。
「おばか!」
わたしは叫ぶ。
「な……なに?」
驚く声。
「今日という今日はもうあったま来た!
あなたはなにが言いたいの?
怒り? 悲しみ? 喜び?
……それをわたしに言ってなんになるの?
いつもいつも挨拶の代わりにぐち聞かされる
わたしの身になったことある?」
「ど、どうしたの? 今日はちょっと変だよ」
怯えたような声。
「ああそうでしょうね。
あなたから見ればわたしは変でしょうね。
でもね。わたしからすれば変なのはあなただよ。
どこの世界でまともな人間が恋人のデート代を
パチンコで稼ごうとするっての?
ギャンブルで勝ったあぶく銭で
おごってもらって嬉しいの?」
「え……で、でも……。
わたしのためだって言うんだよ」
「あなたのため? うそ!
……賭け事したいからそう言ってるんだよ。
賭け事だけがおもしろいから、
その後のお金なんてあなたのために
使ってもいいやなんて思ってる。
ほんとに誠実な人ならそんなことしない。
毎日汗水たらして働いて。
そうやって稼いだお金を使ってくれるから、
ほんのちょっとおごってくれるだけで
ありがたいし嬉しいんじゃない」
「で、でも、ね……」
こそっと、泣きそうになりながら言い訳する。
「でも、なによ?」
「彼にも……いいところあるんだよ」
さらに胸が悪くなる。
「そりゃたまには、
ほんとたま〜にはいいところがあるでしょうねえ。
……そんなもんだれだっていいところはあるのよ。
ひどい独裁者だって
自分のペットと家族はかわいがる。
でも敵は皆殺し。
人を廃人にするモルヒネだって、
少量使えば痛みを和らげる。
……彼はなに?
あなたの誕生日に競馬に行った。
誕生日のプレゼントを買うつもりが、
持ち金を全部なくしてあなたにお金をもらったって?
賭け事は止めるって言ったお正月。
すぐの二日にもあなたからお金をせびって
パチンコに行った。クリスマスでも何の日でも、
いつもいつもそう!
いいところはあったって
いつも悪いことしてるのを悪人って言うのよ。
あなたの彼はうそつき!」
「なんでそういう言い方するの……?」
もうほとんど泣き出す声。
「わたしは学ばない人間がだいっきらい。
わたし何度も言ってるよね?
彼はうそつきだから信じるのはやめなさいって」
「でも……」
「そう。『でも』!
いつもあなたは信じて裏切られる。
それでわたしがどれだけ心を痛めてるのか
知りもしないで!
なのにわたしと話すたびに文句を言う?
なに考えてるの? ……このわからずや!」
「……う……」
泣き出した。この子のこういうところも嫌いだ。
「よし、じゃあこうしよう」
わたしは冷笑交じりで明るく言う。
「彼の言葉のあとに、こんな注意書き出してあげる」
『このお話はフィクションです、
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません』
『この行為は犯罪を教唆するものではありません。
まねをしないで下さい』