その家は厳かな空気に満ちていた。
荒野の一角にそびえるうち抜きの建物の中、
宣教師が同じ信徒に説教をたれている。
「……もし奪おうとする者がいれば、
求めるものを差し出しなさい。
たとえなにを奪われようと、
決して他人が奪う事のできないものがあります」
連なる人々の心に染み入るような、
静かな、深い声が響く。
「それは、信仰です。
わたしたちは常に神と共にあります。
ゆるぎない信仰を持っているなら、
もし命を奪われたとしても
われわれは神とひとつになることができるでしょう」
宣教師は神の教えに酔いしれるように言った。
「争ってはいけません。命を奪ってはいけません。
われわれは等しく神の子。
同じ命を分け合ったものなのです」
……ああ、わたしはいま、神と共にある!
彼が陶酔して目を閉じたときだった。
「敵襲だ!」
扉を叩き壊さんばかりに
見張りの者が飛び込んできた。
にわかに騒がしくなる場内。
「……あれだけ痛めつけたのに、
まだ反撃するとは」
あきれたように宣教師はつぶやき、
「準備を!」
高らかに叫ぶと、
怒涛のような歓声が返ってくる。
長いすの背もたれを倒し、
人々は台に納めていた銃を出し始めた。
「よし、今日は一人も残さねえぞ!」
「どっちが多く殺すか競争するか?」
口々に語りながら外へ出て行く者たち。
「だが……争っていいのかね?」
喧騒の中、一人の男が声をあげた。
一瞬静まる場内。
「わたしたちはすべてを差し出す覚悟があります。
ですが、信仰まで差し出すつもりはありません。
……これは争いではありません!
正しき神の道なのです!」
謳うように宣教師が言うと、
大きな鬨の声があがった。
訊ねた男は驚愕の顔をして辺りを見回す。
「し、しかし……」
その声はかき消されてしまう。
外へ流れていく人に逆らい、
男は宣教師の元に歩み寄った。
「では、人を殺しても……?」
つんざくような音の波の中、
男は宣教師を見る。
彼は軽く目を伏せるとしばらく考え、
穏やかな顔で男を見た。
「我らが神を愚弄し、はむかうものなど……
人ではないのですよ」
「そうだ! やつらは人じゃない!」
後ろにいた男が声をあげた。
室内は大喝采であふれかえる。
「いいぞ! 未開の獣を撃ち殺せ!」
士気は異様に高まっていった。
人のうねりの中、男は一人取り残される。
「ああ、神さま……!」
男は空の高いところを見上げ、
泪を流してその名を呼ぶのだった。