「離せ! 離せえ!」
「だまれ!」
雑貨屋の中は騒然としていた。
保安官は床に引き倒した男を
膝で押し付けながら、
なおも暴れようとする腕に手錠をかけた。
「いいか、このヤク中のぼんぼんめ!
よく聞けよ」
彼はまだ息も荒く吐き捨てると、
カードを取り出して読み上げる。
「おまえには黙秘権がある。
おまえの言うすべての内容は、
裁判所で有効となる」
……忌々しい。彼は思う。
「尋問中は弁護士を付けることができる。
質問に答える前に弁護人を付けることができるが、
もし弁護人を付ける能力がないなら
無料で弁護人が付けられる。
……まあ、おまえんちには
腐るほど金があるだろうがな」
なんでおれはまたこんなものを読んでるんだ?
市警察なんかじゃない。片田舎の郡警察なんだぞ?
「もし弁護人がその場にいなければ、
おまえは質問に答える必要はなく、
黙秘する権利が与えられる」
――なんで……!
保安官は奥歯を噛み締めると、
銃を持ったままの片手を振り上げた。
その目が捉えるのはただ男の頭。
この頭をかちわって空っぽな中身を晒してやる……!
彼が手を振り下ろそうとした瞬間、
「保安官!」
入り口で助手が叫んだ。
彼は はっとして手を止める。
そしてカードをしまうと、
なおも言い騒ぐ男の耳元で深く静かに口にした。
「お前には自由に生きる権利がある。
ムショでくさい屁をこく権利がある。
ブタ箱からでてくれば、
また他人を傷つけ貶めることができる。
自分の身を持ち崩し、
すさんだ一生を送ることもできる。
さらには酒の席でこの事件を酒の肴とし、
被害者をいくらでも侮辱することができる。
……おまえはクズ以下だ」
それから顔を上げると、男を引き上げた。
手錠の鎖をつかみ、
引きずるようにして店の外まで連れ出して、
「すまない。こいつを頼む」
助手に向かって言った。
「で、でも……」
「だいじょうぶ、こいつにゃ手錠はかけてある」
半ば押し付けるようにして
男の身柄を引き渡すと、
彼は駐車場脇に咲いている花を一枝手折った。
白く香る可憐な花。
彼はそれを手に、また店内に入っていく。
改めて感じる、むっとする血の生臭いにおい。
彼は赤いベッドのような
血だまりの中に横たわる女の元にひざまづくと、
「あなたには……」
ゆっくりと語りかけた。
「あなたには黙秘する以外はない。
加害者が自分に都合のいいように作り上げた話にも
異議を唱えることはできない。
こどもと一緒に週末を送ることはできず、
こどもの成長を見ていくこともできない。
この事件によりたとえ家族が
深刻な被害を受けようが、
あなたにはどうすることもできない」
静かに横になる女性。
濃い金色の髪は血を吸ってさらに暗く、
黒ずんだ色を見せている。
「また、あなたは自分の体を
自由にすることもできない。
あなたはモノとして扱われ、
その体の隅々まで調べられるかもしれない。
……あなたには安眠する権利もない。
裁判所の命令があればその肉はむしりとられ、
血は抜かれ、髪は調べられるだろう。
そのときできることといえば、
誰かに吐き気を催させることぐらいだ」
彼は彼女の顔にかかる髪をそっと払い、
その顔をいとおしんで見る。
「だって……もう、
死んじまってるんだもんな」
保安官は、彼の妻であったもの――
死人にクチナシの花をささげると、
自分の頭を撃ち抜いた。