0026
2004-07-11
かりそめ
 この空広く晴れ渡った日の下。
とある神の家で婚姻の儀式が
しめやかに執り行われていた。

「――さて」
 神の徒は新郎を見つめ、名を呼び問うた。

「汝、この女を娶り、
夫婦の神聖なる縁を結ぶことを誓うか? 
またこれを愛し、これを慰め、
これを敬い、健やかなる時も、病める時も、
これを守り、その命の限り他の者に依らず、
この女のみに添うことを誓うか?」

 はじめての場所、はじめての問い。
新郎は改めてこれからのことを考えた。
『これが終われば、
おれは彼女と結婚することになる……。
でも、永遠に愛せるのか? 
あいつ自体は成金根性丸出しの下品な女だ。
顔だって一応見られるだけのつまらない女だぞ? 
それを、生涯に渡って愛すか、だって?』

 新郎が新婦に視線をうつすと、
見上げていた目と目が交わる。
『……そうだ。こいつの家には金がある。
うまくいけば彼女の父親の事業を受け継げるんだ。
最悪、会社を頂いてから離婚すればいいだけさ』

 彼は顔をあげ、高らかに言った。
「誓います」
 その言葉にローブを着た男はうなづき、
「では……」
 新婦の名を呼び、訊ねた。

「汝、この男に嫁ぎ、
夫婦の神聖なる縁を結ぶことを誓うか? 
またこれを愛し、これを慰め、これを敬い、
健やかなる時も、病める時も、
これを守り、その命の限り他の者に依らず、
この男のみに添うことを誓うか?」

 その問いに彼女は新郎を見上げ、ふと考えた。
『この人……いまは愛してるって言ってくれてるけど、
本当はどうなんだろう。
もしかしたらお金が目当てなのかもしれない。
結婚したって、いままでの女と
くっつかないなんてわからないし……。
わたしを捨てていっても
わたしは一生愛さなくちゃいけないの?』
 振り向く新郎。目が合うとほほえんだ。

『でも、やっぱりわたしは彼を愛してる。
他の女に浮気したら、殺せばいいじゃない。
そうすれば一生わたしだけのもの。
わたしも一生愛していける……』
 彼女は顔をあげ、高らかに言った。
「誓います」

 嘘をつけ!

 叫びそうになるのをこらえる牧師。
彼は苦い気持ちで胸ふさがっていた。
『……なぜ彼らは永遠に愛することを誓えるのだ? 
神は絶対であるから永遠を誓うのも当然だ。
だが、神に向ける愛を
一人の人間にも向けられるものだろうか? 
人は神とは違い、完成とは程遠い生き物。
それゆえに日々変わりもするし、
それが成長というものだろう。
それをすべて無視して永遠を誓うなど、
未来に対する侮辱ではないか?』

 彼は目の前で幸せそうな笑みを浮かべる
二人の顔を交互に見比べる。
『この二人も二・三年もすれば
別の相手を見つけるのだろう。
そして別れるにあたって、
愛し合うと誓った二人が離婚をめぐって憎しみあい、
お互いから一セントでも多くむしりとろうと
やっきになるのだ。……これでいいのか? 
これを認めていいのか、わたしは?』

「あの……牧師さま?」
 新婦に呼びかけられ、ふと我に返る。
「あ、うむ」
 彼は改めて二人を見、無理やり心を落ち着けると、
「よろしい。ではかりそめの誓いの証として指輪の交換を行う」
 顔に笑顔を貼り付けて、高らかに宣言していた。